インドでのセーフハーバールールの導入の経緯
先進国の制度にならう形で2001年、インド所得税法に第92条が創設されインドでも移転価格税制が導入されました。その後順次制度の整備が進んでいき、2013年9月18日付けで直接税中央委員会(Central Board of Direct Taxes - CBDT)は通達 Notification No.73/2013を発しセーフハーバールール(Safe Harbor Rules - SHR)がインドにも導入されました。
しかしながら導入初期のSHRは、規定された内容が不明確であったり、容認される営業利益率が高すぎるなどの問題を納税者から指摘され改正が待たれていました。そこでCBDTは再度2017年6月7日付けで通達 Notification No. 46/2017を発し適用される利益率を改訂しました。
また、2023年12月時点でのSHRに関する最新の通達は、2023年8月9日付けでCBDTの発行した通達 Notification No. 58/2023であり、この通達でSHRの適用対象年度は2023年度まで延長されています。
セーフハーバールール概要
端的にSHRのメリットを言えば、SHRを適用した納税者の申告した移転価格は税務当局に受け入れられ、インド側の移転価格税制のリスク(= インド所得税当局によって移転価格が修正され、更正処分がされるリスク)をゼロとし、国外関連者取引を行うことができるようになることです。つまり、SHRを適用した納税者は、自らの行う国外関連者取引の独立企業間価格(Arm's Length Price - ALP)をSHRに従って定めることができ、SHRを適用した上で設定した移転価格やインドで発生したとみなされる事業所得の金額は、所得税当局に認められます(インド所得税法第92CB条)。
セーフハーバールール対象取引と適用される利益率
SHRを適用できる取引は11つ限定列挙されており、SHRの対象となる適格国際取引(Eligible International Transaction)と容認される状況(Circumstances)は以下の表の通りです(インド所得税法細則第10TD条)。
適格国際取引※ | 適用される状況 | |
1 | ソフトウェア開発サービス |
①国際取引額10億ルピー以下の場合:営業費用に対する営業利益率17%以上 ②国際取引額10億ルピー超、20億ルピー以下の場合:営業費用に対する営業利益率18%以上 |
2 | IT利用サービス |
①国際取引額10億ルピー以下の場合:営業費用に対する営業利益率17%以上 ②国際取引額10億ルピー超、20億ルピー以下の場合:営業費用に対する営業利益率18%以上 |
3 | ナレッジ・プロセス・アウトソーシング(Knowledge Process Outsourcing - KPO)サービス |
国際取引額が20億ルピー以下の場合かつ、 ①従業員コストが営業費用に対し、60%以上の場合:営業費用に対する営業利益率24%以上 ②従業員コストが営業費用に対し、40%以上かつ60%未満の場合:営業費用に対する営業利益率21%以上 ③従業員コストが営業費用に対し、40%未満の場合:営業費用に対する営業利益率18%以上 |
4 | インドルピー建て、グループ内貸付 |
インド国営銀行(State Bank of India - SBI)の前年4月1日の限界貸付金利(Marginal Cost of funds Lending Rate - MCRL)に以下の金利を加算した金利以上 ①CRISILの信用格付けAAAからA又は同等の企業:175ベーシスポイント ②CRISILの信用格付けBBB-、BBB、BBB+又は同等の企業: 325ベーシスポイント ③CRISILの信用格付けBBからB又は同等の企業:475ベーシスポイント ④CRISILの信用格付けCからD又は同等の企業:625ベーシスポイント ⑤信用格付けが存在しないかつ、前年3月31日付けの借入金額が合計10億ルピー未満の場合:425ベーシスポイント |
5 | 外貨建て、グループ内貸付 |
前年9月30日付の該当する通貨の6ヵ月LIBOR(London Inter Bank Offered Rate)に以下の金利を加算した金利以上 ①CRISILの信用格付けAAAからA又は同等の企業:150ベーシスポイント ②CRISILの信用格付けBBB-、BBB、BBB+又は同等の企業:300ベーシスポイント ③CRISILの信用格付けBBからB又は同等の企業:450ベーシスポイント ④CRISILの信用格付けCからD又は同等の企業:600ベーシスポイント ⑤信用格付けが存在しないかつ、前年3月31日付けの借入金額が合計10億ルピー未満の場合:400ベーシスポイント |
6 | 企業保証(Corporate Guarantee) | 保証に対する手数料は、保証額に対して年間1%以上 |
7 | ソフトウェア開発にかかる一部又は全部の受託研究開発サービス |
国際取引額が20億ルピー以下の場合:営業費用に対する営業利益率24%以上 |
8 | ジェネリック医薬品にかかる一部又は全部の受託研究開発サービス |
国際取引額が20億ルピー以下の場合:営業費用に対する営業利益率24%以上 |
9 | 自動車の主要部品の製造及び輸出 | 営業費用に対する営業利益率12%以上 |
10 | 自動車の非主要部品の製造及び輸出 | 営業費用に対する営業利益率8.5%以上 |
11 | 低付加価値グループ内サービスの受益 |
コストマークアップ利率が5%を超えないことかつ、取引総額が1億ルピー未満である ※コスト・プーリング方法、株主コスト・コスト・プールで重複するコストの除外、コスト分配理由に関する妥当な説明等が会計士により証明される必要がある |
※上記11つの適格国際取引の詳細な定義はインド所得税法細則10TC条に規定されています。
セーフハーバールールの具体的な申請手続き
SHRの適用を希望する納税者は、Form 3CEFAと呼ばれる様式を所得税当局の担当官(Assessing Officer)に対して該当する年度の所得税の確定申告期限までに提出する必要があります。Form 3CEFAでは、いずれの適格国際取引に対してSHRを適用するか等の詳細を提出しますが、最大5年間までを対象とする申請ができます(インド所得税法細則10TE条1,2項)。
Form 3CEFAを受領した税務担当官は、同申請が(i)適格納税者であるか(ii)適格国際取引であるかの判定を行います。その適用に疑義がある場合には、更に移転価格担当官(Transfer Pricing Officer)を通じて追加のヒアリング等が実施される場合があります(インド所得税法細則10TE条3,4項)。
なお、インド所得税法第94条に規定される特定の国 / 地域又は無税・低税率の特定の国 / 地域に存在する関連当事者との国際取引に対してはSHR適用が認められていません(インド所得税法細則第10TF条)。また、SHRを適用した納税者は租税条約に基づいた相互協議(Mutual Agreement Procedure - MAP)の活用が出来なくなる点にも注意が必要です(インド所得税法細則第10TG条)。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |