納税者とインド所得税当局が所得税法やGST法の解釈をめぐり特定の取引に関する課税性を訴訟の場で争うことがあります。インドの司法は公平に機能しており最高裁判所まで行ければ80%ほどの確率で納税者有利な判定が出ると言われております。ただ、最高裁判所で判決がでるとそれで本特定の取引に関する課税性の議論が終わったとは安心できない場合があります。
一旦最高裁判所の判決で納税者有利の判決が出ると、その判決を根拠に他の納税者においても進行中の同様の特定の取引に関する税務調査当局にて、納税者有利な主張をすることができます。ただこの納税者の主張を封じるために、インド所得税当局はそもそもの所得税法やGST法を改正したという事例が過去にもインドでは多々生じています。このいたちごっことも取りうるインド所得税当局の動きですが、日本企業が争った最高裁判所の事例をもとに紹介します。
石川島播磨重工業の取引に対する最高裁判所判決
現株式会社IHI(当時は石川島播磨重工業株式会社)は設計(Engineering)、調達(Procurement)、建設(Construction)を一括に受け負うEPC契約を、他の日系企業とコンソーシアムを形成した上でインドのLNG Limitedと締結し、グジャラート州に液化天然ガス(LNG)の受入・貯蔵・脱ガス施設を設置する取引を行いました。
所得税当局と課税をめぐって争点になったのは、石川島播磨重工業の行うオフショアの物品提供及びオフショアのサービス提供に関するインドでの課税性です。判決結果から述べると、本取引に関するオフショアの物品提供及びオフショアのサービス提供ともにインドでは課税されないとする納税者有利の判定が最高裁判所では下されました。
ここでは後に所得税当局が根拠条文自体を改正することになる、オフショアのサービス提供の判決根拠を説明します。最高裁判所は判決根拠として、オフショアのサービス提供に関してインドで課税するためには、インド所得税法第5条2項及び9条1項(vii)号に基づき、サービスの提供とインドの領域との間に十分な属地的ネクサス(Territorial Nexus)が無ければならないとしました。具体的には、インドで同法9条1項(vii)号の規定する技術上の役務に対する対価(Fee for Technical Service - FTS)を課税するには、当該サービスがインドで利用されているという事実に加えて、インド国内で提供されるか(To be rendered in India)が重要であると根拠づけました。
この判決の後、FTSサービスをインドに提供する多くの企業が「インド国内で提供されている(To be rendered in India)」とは言えない自社のFTSサービスもインドで納税する必要がないと主張することになりました。この状況を踏まえ、所得税当局は2007年財政法及び2010年財政法にて、インド所得税法第9条1項(vii)号自体に修正を加え、「インド国内で提供されている(To be rendered in India)」サービスに該当しなくとも課税される旨の改正を行いました。具体的には、インド所得税法第9条1項(vii)号に次の説明書き(Explanation)を書き加えました。
【説明書き】疑念を取り除くため、9条1項(v)号、(vi)号、(vii)号に基づき、以下の事項の有無にかかわらず、非居住者の所得はインドにおいて発生したものとみなされ非居住者の総所得に含まれるものとする。
(i) 非居住者がインド国内に住居、事業所または業務上の関係を有する場合
(ii) 非居住者がインドで役務を提供した場合
この改正によって、非居住者の行うFTSサービスでは①インドで利用されかつ②支払者の所在地がインド国内にあるかという点がFTSサービスの属地的ネクサス(Territorial Nexus)を構成し、インドで課税されるようになりました。この取り扱いは2023年12月時点でも同様です。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |