税負担の減額が生じる事象
納税者の税負担が減額となる主な事象は下記の3通りに分けて説明することができます。
- 節税(Tax Mitigation):租税法が想定又は提供している方法(軽減税率の選択等)で税負担を軽減すること
- 脱税(Tax Evasion):租税法が認めていない違法な行為によって税金の負担を軽減すること
- 租税回避(Tax Avoidance):租税法で想定されていない行為を行い法の抜け穴を突くことで課税を逃れ、合法的に税負担を軽減すること
一般的租税回避否認規定(General Anti Avoidance Rule - GAAR)とは、上記の3つの中の租税回避(Tax Avoidance)を牽制するための規定になります。
一般的租税回避否認規定(General Anti Avoidance Rule - GAAR)と各国の対応
GAARとは、商業的実体がなく租税回避等の租税に関する恩恵を受けることを目的に設計された取引に関して、その国の課税当局に当該取引から生じる租税に関する恩恵を否認する権限を与える規定です。似て非なる概念として、個別的租税回避否認規定(Specific Anti Avoidance Rule - SAAR)と呼ばれる規定もあります。一般的にSAARは特定の既知の租税回避の取り決めを対象とする規定であるため適用範囲が個別の取引に限定されている一方で、GAARは一般的な租税回避の取引やSAARでは対象としきれない取引を対象とする規定であるため、GAARの適用範囲は広範に及びます。日本の法人税法の「役員給与の損金不算入規定」等がSAARに該当します。
GAARの導入は、その国の課税当局の視点からすると、広く租税回避行為に対して課税することができるメリットがある一方で、納税者の観点からするとGAARの適用により課税される取引を完全には事前に想定することはできなくなり、納税額の予見可能性が損われる側面があります。
カナダ、オーストラリア、ドイツ、フランス等の租税法では、GAARが存在しています。日本の法人税法には、「同族会社等の行為又は計算の否認規定(法人税法132条等)」、「組織再編成に係る行為又は計算の否認規定(法人税法132条の2等)」、「連結納税に係る行為又は計算の否認規定(法人税法132条の3)」及び「外国法人の恒久的施設帰属所得に係る行為又は計算の否認規定(法人税法147条の2)」といった特定の分野を対象とした租税回避に対応する一般的な否認規定はあるものの、全ての分野・取引等に係る租税回避行為を包括的に対象とするGAARは存在しません。
一方でインドの国内法であるインド所得税法には、税源浸食や利益移転(Base Erosion and Profit Shifting - BEPS)による租税回避に対する国際的な取組みの中で、インド所得税法10A章にてGAARが導入され、2017年4月1日から開始する会計年度(FY2017-18)から適用となりました。株式の間接譲渡課税に関して争われ、最終的にはインド所得税当局が敗訴したVodafone事件がインドにてGAARが導入される大きな契機となったと言われています。
インドのGAAR
インドのGAARは、納税者が締結した取り決めが「許容されない租税回避措置(Impermissible Avoidance Arrangement - IAA)」であるとインド所得税当局からインド所得税法第144BA条が規定する方法にて宣言された場合に適用されます(同法第95条)。当局より宣言された納税者は、意見聴取の機会が与えられ、当局の宣言に反論するか、同意を示す必要があります。なお、GAARの規定は、「形式より実質」の原則を成文化するものであり、取引や取り決めの法的立て付けに関係なく、当事者の真の意図や取り決めの目的が考慮されます(同法97条)。
まず、「許容されない租税回避措置(Impermissible Avoidance Arrangement - IAA)」と認定される取り決めは下記2つの条件を共に満たした場合です(同法96条)。
①取り決めを行う主な目的が税制上の優遇を得ることである。
②取り決めが下記のいずれかを満たす。
- 独立した立場で取引する者の間では通常生じない権利義務を生じさせる場合
- 直接的、間接的に所得税法の規定の誤用、濫用につながる場合
- 商業的実質を欠くか、又は同法第97条に基づく商業的実質を欠くとみなされる場合
- 善意の目的のためには通常使用されない方法によって締結、実施される場合
次に、納税者の取り決めが当局より「許容されない租税回避措置(Impermissible Avoidance Arrangement - IAA)」と認定された場合には、事案の状況に応じて以下の方法を含む適切とみなされる方法にて、当該取り決めに起因する税額が決定されます(同法第98条)。
- IAAを無視する又はIAAの一部の措置や行為を組み合わせ、再特定する
- IAAが締結、実行されなかったかのように扱う
- 当事者を無視する、又は当事者とその他の当事者を同一人物とみなす
- 税務上の取扱いを決定するため互いに関連性のある人物を同一人物とみなす
- (i) 資本的性質、収益的性質の発生、受領 又は(ii) 支出、税額控除、税救済、リベートを当事者間で再配分する
- IAAで規定された(i) 当事者の居住地自体又は(ii) 資産、取引の所在地自体をその居住地や所在地以外の場所とみなす
- 企業構造を無視し取り決めを検討、検証する
【具体例】会社Aが、未開発の非課税地域に製造工場Xを設立し、隣接する課税地域内の製造工場Yで生産された製品を製造工場Xに流用し製造工場Xでは包装作業のみ行い、非課税の製造工場Xで製造されたものと見せかけ、製品を販売したと仮定します。
この場合、会社Aの行う製造工場Yから製造工場Xへの製品の流用は、税制上の優遇を得ることが目的でかつ商業的な実質を待っていないとインド所得税当局と判断される可能性があります。当局が会社Aのこの取り決めを「許容されない租税回避措置(Impermissible Avoidance Arrangement - IAA)」と宣言した場合、製造工場Xでの包装作業は無かったものとして課税額が計算され、会社Aは更正処分を受けることになります。
なお、会社Aとして当局のこの更正処分に納得できない場合には、製造工場Xでの包装作業がいかに商業上で重要な役割を持っているのか、又は製造工場Xでは包装作業以外も重要な役割を果たしていること等を当局に主張して行くことになるでしょう。
日印租税条約の濫用防止措置
上記はインド所得税法上での租税回避を否認する規定でしたが、次に日印租税条約にて規定されている租税条約の濫用防止措置条項を見ていきます。
元々の日印租税条約自体には租税条約の濫用防止措置条項は規定されていませんでしたが、2017年6月7日に署名されたBEPS防止措置実施条約の第7条1「取引等の主要な目的が租税条約の特典を受けることである場合にその特典を認めない規定」によって、日印租税条約が改定されています。これにより、租税条約の濫用を主たる目的とする取引から生ずる所得に対する租税条約の特典を否認する主要目的テスト(Principal Purpose Test - PPT)の規定が日印租税条約第27条に加筆されました。
よって、納税者の行った取引等が日印租税条約の規定する軽減税率等の特典を利用することが主目的の取引等であると判断された場合には、納税者は当該取引等に日印租税条約の特典を適用することができなくなりました。
参考文献:金子宏『租税法〔第 224版〕』(弘文堂、2021)
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |