インド所得税には、AOP(Association of Persons)と呼ばれる所得税法独自の概念があります。個人や法人の集合体がAOPと認定され、AOPはインド所得税の納税義務者となります。AOPの分かりやすい例としては、複数の個人でアパートメントを共同保有し賃貸所得を稼得する場合のアパートメント所有者組合があります。また、法人として登記していないコンソーシアム等もAOPと認定されることがあります。
ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道建設事業のような政府系のプロジェクトに複数の日系企業がコンソーシアムを組み参画する場合には、AOP認定されるリスクがないか注意が必要です。AOP認定された場合、予期せね課税関係がインドで発生し、所得税申告等のインド所得税法の諸々のコンプライアンスの遵守も求められてしまうためです。なお、日系企業はAOP課税されたインド所得税額を日本本国で外国税額控除を主張することは難しいと考えられ、日系企業の負担する総所得税額が増える結果となってしまいます。
インド所得税法上でのAOPとその課税方法
まず、インド所得税法第4条は「インド所得税法の規定に従い、各人(Every Person)の総所得額(Total Income)に対して所得税が課せられる」旨を規定しており、この"Person"の範囲には、個人(Individual)、法人(Company)、ファーム(Firm)等に加えて Association of Persons(以下、AOP)も 含まれます(インド所得税法第2条31項)。
しかしAOPの明瞭な定義はインド所得税法では用意されておらず、これまで税務当局と納税者の間でAOP認定に関して繰り返し争われてきました。AOP認定には「2人以上の者が利益を生む目的で共通の目的又は共通の行為に携わる」という要件は少なくとも満たす必要があると解釈できます。
またAOPの税務上の居住ステータスは、当該年度においてAOPの事業の支配と経営が完全にインド国外に所在する場合を除いて、インド居住者となります(インド所得税法第6条2項)。つまり、AOPの構成メンバーである経営に携わる個人や法人が1人でもインドに所在する場合には、AOPはインド居住者となります。税務上の居住ステータスがインド居住者の者は、全世界所得課税となり(インド所得税法第5条1項)、AOP認定された場合はAOPが稼得した全世界所得がインド所得税の課税範囲となります。
次に、AOPへの課税方法についてです。AOPへの所得税課税は「①AOP自体への課税」と「②AOPの構成メンバーへの課税」に分けて規定されています。個人がAOPを組成し個人の所得のAOPの所得への付け替えを通して、個人の総所得額を減額させ、結果として”納税が必要な所得税額を減額させる”又は”累進課税制度下で適用になる税率の引き下げ”を阻止するべく、一定の場合には「②AOPの構成メンバー」へも課税できる制度設計になっています。逆に言えば、個人に適用される税率以上でAOPの所得に対して課税がされていれば「②AOPの構成メンバーへの課税」は生じないという整理になります。詳細は下記にてまとめます。
①AOP自体への課税
基本的にAOPの課税所得の計算方法は、個人のそれと大きくは変わりません。つまり、事業所得(Profits and Gains of Business or Professions)/不動産所得(Income from House Property)/譲渡所得(Capital Gains)/その他の所得(Income from other sources)のそれぞれの所得の種類ごとに所得を計算した上で合算し、総所得額を求めます。インド所得税法第80A条の規定する各控除も適用できます。一方で、下記の費用は損金不算入となります(インド所得税法第40条ba項)。
- AOPからAOPの構成メンバーに支払われた利息
- AOPからAOPの構成メンバーに支払われた給与、賞与、コミッション、報酬
総所得額への課税額の計算方法は、AOPの所得に対する構成メンバーの持分が不確定又は不明であるか否かで異なります。AOPの組成時点又は組成以降のいかなる時点において、持分が不確定又は不明であるか否かが判断基準となります(インド所得税法第167B条 説明書き)。
① | 構成メンバーの持分が不確定又は不明である場合 | AOPの総所得額へ最高限界税率(Maximum Marginal Rate - MMR)で課税します(167B条1項)。一方で、いかなる構成メンバーの所得に適用になる税率がMMRより高い場合には、AOPの総所得額へその高い税率で課税します(167B条1項但し書き)。 |
②-a | 構成メンバーの持分が明らかな場合 | いかなる構成メンバーの所得(AOPからの持分を除く)が所得税が課税される閾値を超えている場合には、AOPの総所得額へMMRで課税します(167B条2項i号)。一方で、いかなる構成メンバーの所得に適用になる税率がMMRより高い場合には、その構成メンバーの持分へ帰属するAOPの所得に対してはその高い税率で、残り持分に帰属するAOPの所得に対してはMMRで課税します(167B条2項ii号)。 |
②-b | 同上 | いかなる構成メンバーの所得(AOPからの持分を除く)が所得税が課税される閾値を超えておらず、かついかなる構成メンバーの所得に適用になる税率がMMRより低い場合(②-a以外の場合)には、AOPの総所得額へ累進課税制度の基での標準税率で課税します(インド財政法スケジュール1 Part Ⅲ)。 |
最高限界税率(Maximum Marginal Rate - MMR)とは、該当年度の財政法で規定する個人やAOPに適用となる所得税率の最高税率(サーチャージを含む)と定義しています(インド所得税法第2条29C項)。個人の所得税率は累進課税制度となっていますが、2024年度の個人の累進課税での最高基本税率は30%です。なお、上記表にある「いかなる構成メンバーの所得に適用になる税率がMMRより高い場合」とは、構成メンバーにインド外国法人が含まれる場合です。インド外国法人に適用となる基本税率は35%のためです(インド財政法スケジュール1 Part Ⅲ)。
上記表の通りAOPへの適用となる税率を複雑に場合分けし、いかなる場合であっても構成メンバーである個人単体に適用される税率以上でAOPに課税することで、構成メンバーがAOPを介した税逃れすることを牽制しようとする税務当局の意図が読み取れます。
②AOPの構成メンバーへの課税
下記表Cの場合には、構成メンバーの元でその持分に対して課税されます。言い換えれば、下記表A,Bの場合の構成メンバーに納税が求められない場合には、AOPの総所得額に対する持分への課税は、AOP課税の段階で完結しているという整理になります。
A | AOPの総所得額がMMR又はそれ以上の税率で課税される場合 | 構成メンバーのAOPの総所得額に対する持分は、構成メンバーの総所得額には含みません(インド所得税法第86条但し書きの1 a)。 |
B | AOPの総所得額が累進課税制度の基での標準税率で課税される場合 | 構成メンバーのAOPの総所得額に対する持分は、構成メンバーの総所得額には含まれるものの(インド所得税法第86条但し書きの1 b)、納税額は生じません(インド所得税法第110条)。 |
C | AOPの総所得額が課税されない場合 | 構成メンバーのAOPの総所得額に対する持分は、構成メンバーの総所得額には含まれ、構成メンバーが納税義務を負います(インド所得税法第86条但し書きの2)。 |
なお、構成メンバーのAOPの総所得額に対する持分の計算方法はインド所得税法第67A条が規定しています。
EPC契約の場合のAOP認定の例外
上述の通り、AOPの定義はインド所得税法では明確化されておりません。これまでEPC契約(Engineering, Procurement and Construction Contract)に基づいて大型インフラプロジェクトを請け負う企業がコンソーシアムを組む場合に、コンソーシアムがAOP認定されるかはケースバイケースで判断する必要があり、AOP認定に関して納税者と税務当局の間で税務訴訟に発展することが多くありました。
そこで、税務訴訟を防ぎ統一的アプローチをとるため2016年3月7日付で直接税中央委員会(Central Board of Direct Taxes - CBDT)は通達(Circular No. 7 of 2016)を出し、下記を満たすEPC契約及びターンキー契約を実行するためのコンソーシアムは、AOPにはみなされないと明確化しました。なお、AOPの構成メンバーにインド所得税法第92A条の規定する関連者(Associated Enterprise)が含まれる場合には、この基準は適用されません。
- 各構成メンバーが自らのリソースでそれぞれの業務を行う責任を独立的に負い、そのリスクを負担する。各構成メンバー間で業務とコストの明確な区分けがあり、各構成メンバーは自らの業務に関する費用のみを負担する。
- 各構成メンバーが自らの業務に関する利益又は損失を負担する。(請求の便宜を図るためにのみ、構成メンバーが契約価格を総額レベルで共有することは可能)
- 各構成メンバーが自らの業務に携わる人員と資材を管理する。
- コンソーシアムの統制及び管理が一括化されていない。(管理上の便宜を図るための各構成メンバー間の調整のみであれば、共同管理を行うことが可能)
この通達を踏まえ、EPC契約又はターンキー契約を実行するためにコンソーシアムを組成する企業は、他の構成メンバー間と締結する契約書にて、自社が請け負う業務、その責任やリスクを明確に規定することが重要になります。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |