租税条約とは?
近年の経済活動の国際化に伴い、2国間の税制の相違を利用した租税回避の問題が認識されてきました。この租税回避行為を解決するには、自国の国内法のみの措置だけでは不十分であり、二国間の租税条約を締結することでこの問題の解決を図ろうという背景のもと、租税条約は主に下記の2点に資する目的で締結されています。
①課税関係の安定及び二重課税の除去
②脱税及び租税回避等への対応を通じ、二国間の健全な投資・経済交流の促進
なお、租税条約とは一般的な呼称であり、正式名称は「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための条約」です。経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development - OECD)は先進国間の租税条約のひな形として1963年にOECDモデル条約が作成しました。なお、モデル条約にはOECDモデル条約の他にも国際連合が作成した「国連モデル条約」もありますが、源泉地国である開発途上国の課税権により配慮した内容となっており、開発途上国に有利なモデル条約と言われています。日印租税条約はOECDモデルをベースに策定されています。
また、OECDモデル条約の各条文は簡潔にまとめられていることから、その解釈の余地は大きいと言えます。そこでOECDモデル租税条約の各条文には、コメンタリー(公式解釈や具体例)が付されています。このコメンタリー自体には法的な拘束力はないものの、条約の解釈に際して尊重されるべきものという位置づけであり、日印租税条約を解釈する上でも準用します。
日印租税条約とは?
<日印租税条約の概要>
インドは自国の課税権に制限を加える性質のある租税条約の締結には消極的な姿勢を取っていましたが、現在では多くの国と租税条約を締結しています。日本とインドの間の租税条約は1960年に締結され、現在効力を有している条約は1989年3月7日に署名され、同年12月29日に発行された「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とインド共和国政府との間の条約」(以下、日印租税条約)であり、全29つの条文(Articles)で構成されています。その後、2006年2月24日に署名された議定書及び2015年12月11日に署名された議定書で一部改正が行われました。加えて、2017年6月7日に署名されたBEPS防止措置実施条約により一部修正がされています。BEPS防止措置実施条約での修正内容を加味した日印租税条約の原文はこちら(和文、英文)よりダウンロードできます。
なお、日印租税条約で規定された内容は、納税者の有利となる範囲で1961年インド所得税法(Income-Tax, 1961)や1962年インド所得税法細則(Income-Tax Rules, 1962)に優先します(所得税法第90条2項)。
<日印租税条約の主な特徴>
他国の租税条約と比較した際の日印租税条約の主な特徴は次の2点です。詳細は下記の青字リンクからそれぞれのWeb記事をご参照ください。
- 技術上の役務に対する対価(Fee for Technical Service - FTS)に関する源泉地国の決定方法
- 恒久的施設(Permanent Establishment - PE)の内、代理人PEの認定範囲の広さ
日印租税条約での課税権の配分
まず、上述の租税条約の主な目的の1つ目である「①課税関係の安定及び二重課税の除去」を達成するため、日印租税条約では所得ごとに源泉地国の決定方法や源泉地国が課税できる所得や上限税率の範囲を規定しています。主な考え方は下記の通りですが、例外規定も存在するため実際に日印租税条約の適用を検討する際は該当する取引ごとに日印租税条約の原文を確認する必要があります。
- 事業利得:源泉地国に所在するPEの活動により得た利得の内、当該PEに直接的又は間接的に帰せられる部分のみ、源泉地国にて課税(日印租税条約第7条)。
- 投資所得(配当、利子、使用料、技術上の役務にかかる対価(FTS)):源泉地国(支払国側)での上限税率10%まで課税(同条約第10,11,12条)。
その上で、居住地国における二重課税の除去方法として、国外所得免除方式又は外国税額控除方式を設定しています(同法第23条)。さらに、国際的二重課税が生じたとき又は生じる可能性が高い場合には、日印の税務当局間で行われる相互協議の規定が同法第25条に存在します。相互協議は納税者視点から見ると国際的二重課税排除の手段ですが、税務当局視点からすると二国間の課税権の調整手段といえます。
日印租税条約での脱税及び租税回避等への対応
次に、上述の租税条約の主な目的の2つ目である「②脱税及び租税回避等への対応を通じ、二国間の健全な投資・経済交流の促進」を達成するため、日印租税条約は下記の2点の対応方法を規定しています。
- 税務当局間の納税者情報の交換(同法第26条)
- 滞納租税に関する徴収の相互支援(同法第26のA条)
日印租税条約の規定する恒久的施設(Permanent Establishment - PE)
日印間の国際取引に関するPEの範囲も日印租税条約が規定しています。日印租税条約第5条1項ではPEを「事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部、または一部を行っている場所」と定義しています。インドにPEを有しているとみなされた場合、そのPEに直接的又は間接的に帰せられる部分の所得がインド国内で課税対象となり、外国法人に対する税率(35%の標準税率+加算税・教育目的税)がPEの所得に課税されます。
日印租税条約が規定するPEの種類は以下の通りです。
①一定の場所PE(第5条2項)
- (a) 事業の管理の場所
- (b) 支店
- (c) 事務所
- (d) 工場
- (e) 作業場
- (f) 鉱山、石油または天然ガスの坑井、採石場その他天然資源を採取する場所
- (g) 保管のための施設を他者に提供する者にかかわる倉庫
- (h) 農業、林業、栽培またはこれらに関連した活動を行う農場、栽培場その他の場所
- (i) 店舗その他の販売所
- (j) 天然資源の探査のために使用する設備または構築物(6ヵ月を超える期間使用する場合に限る。)
②代理人PE(第5条7項)
③建設PE(第5条3項)
④スーパーバイザリーPE(第5条4項)
なお、建設PE、スーパーバイザリーPEに関して、OECDモデル条約では建設工事現場又は建設若しくは据付けの工事、その監督活動については、これらの工事現場又は工事、監督活動が「12か月」を超える期間存続する場合にはPEを構成するとしている一方で、日印租税条約ではこの期間が「6か月」に短縮されている特徴があります。
また、日中租税条約第5条5項が定めるサービスPEの規定は日印租税条約には存在しません。ただ、駐在員(出向者)の「真の」「実質的な」雇用者はインド現地子会社でなく、出向元の日本親会社であると認定されてしまう、いわゆる出向者PEは、一定の場所PEを根拠に認定される可能性があります。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |