インドの物品・サービス税(Goods and Service Tax - GST)は付加価値税(間接税)であり、基本的にGST税額の負担者は最終消費者になります。最終消費者に物品・サービスが供給されるまでのサプライチェーン内にいる事業者は、対価の一部として預かったGSTを納税する義務を負うものの、GSTを負担することはありません。サプライチェーンを通してこの最終消費者に雪だるま式にGSTを転嫁していく仕組み(Tax-Chainと呼びます)を可能にするために、日本の消費税法と同様にインドのGST法にもGST登録者には仕入れ(Inward Supply)に係る仮払GST(Input GST)の仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)が認められています。ただ、日本のインボイス制度に関する仕入税額控除の要件以上に、インドの仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用要件は厳しく設定されています。仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の制度はGST法を支えるライフラインと呼べるほど重要な仕組みです。
まずは、仕入税額控除の基本的な仕組みを確認します。下記図では、下記図表の真ん中にいる受領者(サプライチェーンの中間業者)の視点から仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の効果を示しています。受領者が供給者から100で仕入れたものを、140で最終消費者に販売する場合を考えると、受領者は仕入の際に供給者に仮払GST(Input GST)18を支払い、販売の際に最終消費者から仮受GST(Output GST)25を受け取ることになります。この場合、受領者は仮払GST(Input GST)18分の仕入税額控除を利用できるため、GST当局に納税が必要なGST額は7(=仮受GST25 - 仮払GST18)のみとなります。仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用することで、受領者は代理でGSTの納付をしているものの負担はしておらず、GSTの負担者は最終消費者のみとなります。
仕入税額控除の利用要件
インドのGST法上では仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用に関して、仕入れ(Inward Supply)の物品・サービスと課税売上(Outward Supply)の物品・サービスに一対一での対応関係は求めていません。そのため仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用要件を満たす場合、仕入れ(Inward Supply)に係る仮払GST(Input GST)は、いずれの課税売上(Outward Supply)に係る仮受GST(Output GST)とも相殺が可能です。
GST登録者は事業のために使用する又は使用する意図のある物品・サービスの仕入れ(Inward Supply)に係る仮払GST(Input GST)に対して仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用することができます(CGST法第16条1項)。加えて、仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用するためには、受領者が下記のすべての要件を満たす必要があります(CGST法第16条2項、CGST法細則第36条)。
- GST登録者である供給者が発行した適格請求書、Debit Note等を保有している
- 上記の適格請求書、Debit Noteの内容を供給者がGSTR-1で申告しており、受領者のGSTR-2A/2Bに反映されている
- 実際の物品・サービスを受領している(物品供給に係る同適格請求書で物品がロットや分割で供給される場合は、最後のロットや分割が供給された後にITCを利用できる)
- 受領者のGSTR-2A/2Bに反映されている仮払GST(Input GST)の仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)が制限されていない
- 供給者が該当する仮払GST(Input GST)を政府に納付済みである
- 受領者がGSTR-3Bを申告している
また、固定資産に関する仮払GST(Input GST)を帳簿上、固定資産の額に含めて資産計上し減価償却をおこなう場合にはその仮払GST(Input GST)に対しては仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用できません(CGST法第16条3項)。減価償却による損金算入の便益と仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)による便益の両取りを認めないための規定になっています。よって、固定資産に関する仮払GST(Input GST)に対して仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用するためには、税抜処理として固定資産の会計処理を行うことが求められます。
さらに、仮払GST(Input GST)に係る適格請求書やDebit Noteが発行された翌年の11月30日又は年次申告のいずれか早い日以降には、GST登録者は仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用できません(CGST法第16条4項)。言い換えると、この期限内に仮払GST(Input GST)をGSTR-3Bで申告しない場合には、たとえ物品・サービスの仕入れ(Inward Supply)時に仮払GST(Input GST)を払っていた場合でも、仮払GST(Input GST)を仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)として利用できなくなるため注意が必要です。仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用期限の詳細はこちらでまとめています。
また、負債の譲渡に関する具体的な規定がある事業売却、合併、分割、リース又は事業譲渡によりGST登録者の体制に変更があった場合、未利用の仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)は事業売却先等に移管することが認められています(CGST法第18条3項、CGST法細則第41条)。
仕入税額控除の利用方法
納税者が仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用要件を満たした上で仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を使用する場合には、納税者自身でGSTの月次申告(GSTR-3B)にて利用可能な仮払GST(Input GST)を申告し、GSTポータル上の電子仮払登録台帳(Electronic Credit Ledger)に利用可能な仮払GST(Input GST)をElectronic Creditに転換させます(CGST法第41条、第49条2項、CGST法細則第86条)。この電子仮払登録台帳(Electronic Credit Ledger)に反映されたElectronic CreditをGST納税額と相殺(Set Off)することで仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を使用します。
また、Electronic CreditをGST納税額と相殺する際の上限規定があります。一定の例外条項に該当するGST登録者を除き、1ヶ月の課税供給額が500万ルピーを超える場合にはそのGST納税額の99%を超えてはElectronic Creditを相殺できません(CGST法第49条12項、CGST法細則第86B条)。よって、この規定に該当するGST登録者は、たとえ十分なElectronic Creditが累積されていたとしても、少なくともGST納税額の1%は電子現金台帳(Electronic Cash Ledger)を介してElectronic Cashで納税する必要があります。
なお、SGST / CGST / IGSTごとに相殺できる仮受GST(Output GST)の種類が決まっています(CGST法第49条5項)。
仮払GSTの種類 | 相殺可能な仮受GST | 相殺の順番 |
仮払IGST | 仮受IGST、仮受SGST、仮受CGST | まず仮受IGSTと相殺し、その後仮払IGSTの残額がある場合は仮受SGST及び仮受CGSTと相殺する |
仮払SGST | 仮受SGST、仮受IGST | まず仮受SGSTと相殺し、その後仮払SGSTの残額がある場合仮受IGSTと相殺する(仮受CGSTとは相殺が不可) |
仮払CGST | 仮受CGST、仮受IGST | まず仮受CGSTと相殺し、その後仮払CGSTの残額がある場合仮受IGSTと相殺する(仮受SGSTとは相殺が不可) |
仕入税額控除が利用できない場合
まず、上述のCGST法第16条はGST登録者に仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を認めているため、GST登録をしていない者が物品・サービスの仕入れ(Inward Supply)の際に支払った仮払GST(Input GST)は仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用できません。
また、上述の仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用要件を満たしている場合であっても、仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)が認められない物品・サービスの仕入れ(Inward Supply)項目がCGST法第17条等で規定されています。具体的には個人消費目的(事業目的以外)や非課税供給(Exempted Supply)に係る仕入れ(Inward Supply)、Blocked Creditsに該当する仕入れ(Inward Supply)に係る仮払GST(Input GST)の仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)は認められておりません(CGST法第17条1,2,5項)。さらに、簡易課税制度(Composition levy Scheme)を選択する事業者も仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)が利用できません(CGST法第10条4項)。
一方で、下記の仮払GST(Input GST)に対しては、該当する適格請求書の発行日から1年以内に仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用することを認めています(CGST法第18条1,2項、CGST法細則第40条)。
- GST登録が必要になってから30日以内にGST登録申請をしGST登録が完了した者で、GST登録が必要になった日の前日に在庫として保有する投入品や半製品又は完成品に含まれる投入品に関する仮払GST(Input GST)
- 自主的にGST登録を行う者で、GST登録が完了した日の前日に在庫として保有する投入品や半製品又は完成品に含まれる投入品に関する仮払GST(Input GST)
- 簡易課税制度(Composition levy Scheme)の適用を辞め通常のGST登録者になる者で、通常のGST登録者になる日の前日に在庫として保有する投入品や半製品又は完成品に含まれる投入品に関する仮払GST(Input GST)
- 非課税供給(Exempted Supply)が課税供給になった場合、この変更があった日の前日に当該非課税供給(Exempted Supply)に関連して在庫として保有する投入品や半製品又は完成品に含まれる投入品及び当該非課税供給(Exempted Supply)のためにのみ使用される資本財に関する仮払GST(Input GST)
逆に、通常のGST登録者が簡易課税制度(Composition levy Scheme)の適用を受けるようになる場合や、供給が完全に非課税供給(Exempted Supply)になる場合、GST登録がキャンセルされる場合は、在庫として保有する投入品や半製品又は完成品に含まれる投入品に関する仮払GST(Input GST)の仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)は返戻(Reversal)等でGST納税が必要になります(CGST法第18条4項、第29条5項、CGST法細則第44条)。
また、仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を利用済みの資本財(Capital Goods)や機械設備(Plant and Machinery)を、GST登録者が販売する場合には、「当該資本財等の仕入れ(Inward Supply)に係る仮払GST(Input GST)から四半期ごとに5%差し引いた仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の額」又は「当該資本財等の供給に係る仮受GST(Output GST)」のいずれか高いGST額を納税する必要があります(CGST法第18条6項、CGST法細則第40条2項、第44条6項)。GST登録者が自社で使用した資本財(Capital Goods)や機械設備(Plant and Machinery)を中古品として再販売する場合には、仕入れた際の価格より安く販売するのが一般的ですが、販売価格が仕入価格より低くなることは、「再販売で預かる仮受GST(Output GST)」が「その仕入れ(Inward Supply)の際に支払った仮払GST(Input GST)」より少額になることを意味します。GST登録者の行う資本財等の中古販売によって、インド政府のGSTの税収が減ってしまうことに対抗するための規定になります。
仕入税額控除の返戻(Reversal)とは
仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の返戻(Reversal)とは、GST登録者が以前に利用した仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を否認することを指します。GSTの月次申告(GSTR-3B)を通して、電子仮払登録一覧(Electronic Credit Ledger)に計上されている不適格なElectronic Creditを電子仮払登録台帳(Electronic Credit Ledger)から落とすイメージになります。
返戻(Reversal)が必要になるのは、上述の仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用が認められていない、個人消費目的(事業目的以外)や非課税供給(Exempted Supply)に係る仕入れ(Inward Supply)やBlocked Creditsに該当する仕入れ(Inward Supply)に係る仮払GST(Input GST)がある時です。
また、リバースチャージ方式での納税が必要な取引を除き、受領者が供給の対価(仮払GST(Input GST)額を含む)を全体的であれ部分的であれ適格請求書が発行されてから180日以内に供給者に支払わない場合、遅延利息と併せて仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)と同額の納税又は返戻(Reversal)が求められます(CGST法第16条2項但し書き2、CGST法細則第37条1項)。その後、供給者に供給の対価(仮払GST(Input GST)額を含む)を支払った場合には、仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を再取得(Re-avail)することができます(CGST法細則第37条2項)。なお、以前に返戻(Reversal)した仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を再取得(Re-avail)する場合には、この再取得(Re-avail)にはCGST法第16条4項の規定する「適格請求書やDebit Noteが発行された翌年の11月30日又は年次申告のいずれか早い日」という仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用期限は適用になりません(CGST法細則第37条4項)。受領者が長い間供給の対価及び仮払GST(Input GST)額を払っていないにもかかわらず、仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の便益だけを享受する行為は、GST法の根幹ともいえるサプライチェーンでGSTを転嫁していく仕組み(Tax-Chain)自体を毀損しかねません。そのため、180日以内に対価を支払わないGST登録者には、対価未払い期間の遅延利息を負担させ、かつ対価を支払うまでは仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)の利用を認めない規定となっています。
さらに、受領者が利用した仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)に係るGST額を供給者がインド政府に納税しない場合には、受領者が当該仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を返戻(Reversal)し、延滞利息を負担する必要があります(CGST法第41条2項)。その後、供給者がインド政府に納税した場合は、受領者は仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を再取得(Re-avail)することができます。
また受領者が利用した仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)に係るGST額を供給者が翌年の9月30日までに月次申告(GSTR-3B)で申告しない場合にも、受領者は翌年の11月30日までに仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を返戻(Reversal)する必要があります(CGST法細則第37A条)。もし、受領者が翌年の11月30日までに返戻(Reversal)しない場合には、受領者は延滞利息と併せて仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)と同額の納税義務が発生します。その後、供給者が月次申告(GSTR-3B)を行った場合は、受領者は仕入税額控除(Input Tax Credit - ITC)を再取得(Re-avail)することができます。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |