複数の国に展開する企業が、海外の関連会社との取引価格を、第三者企業との取引価格と異なる金額で行った場合、自身の利益を関連会社に移転することが可能となります。
国を越えて利益が移転することは、利益の移転した国にとっては税収減につながるため、各国では関連会社との取引は第三者企業と同一の水準の価格(独立企業間価格)で行われたものとみなして所得を計算し課税する制度を移転価格税制と言います。
2001年よりインドでも、先進国と同等の移転価格税制が導入されています。文書化、独立企業間価格の算出方法などOECDガイドラインに基づいて定めれれたルールもありますが、移転価格証明書(Form 3CEB)の取得や特定国内取引に関する移転価格税制の適用など独自の規定も存在します。制度の概要と必要なコンプライアンスは以下の通りです。一方で解釈については国際的な理解と差異がある部分もあり、税務当局と外国企業との間で訴訟になる場合も多々あります。移転価格税制の対象となる取引は、国外関連企者(Associate Enterprise - AE)との取引となります。
1. 適用対象企業
関連者(Associated Enterprises)との国際取引(International Transation)並びに、特定国内取引(Specified Domestic Transaction)は独立企業間価格(Arm's Length Price - ALP)でなければならないことがインド所得税法第92条で定められています。独立企業間価格とは、独立した第三者と取引する際と同等の価格という意味です。関連者として以下の者が定義されています。
2. 国外関連者(Associated Enterprise - AE)とは?
国外関連者は、インド所得税法第92条に以下のいずれかに該当する者と規定されています。
- 他方の企業の26%以上の議決権を有する株式を直接又は間接的に保有している企業
- 上記企業の26%以上の議決権を有する株式を直接又は間接的に保有している人物又は企業
- 総資産の簿価額50%以上の貸付を行っている企業
- 貸し付け額の10%以上の保証を行っている企業
- 取締役会の半数以上の取締役を任命、又は1名以上の常勤取締役を任命している企業
- 製品の製造・ビジネスが一方の企業のノウハウ、特許、知的財産、商標、ライセンス及びその他の商業的権利に完全に依存している場合
- 製造・加工に使用される90%以上の原材料又は消耗品が特定の人物又はその他の企業の影響を受けている場合
- 共通の利害関係を有する場合
3. 独立企業間価格の算定方法
関連者との国際取引並びに特定国内取引の独立企業間価格は、関連者の機能や取引の内容を加味し以下のいずれかの方法で算定されなければなりません。算定方法はOECDのガイドラインに準拠しています。
- 独立価格批准法(Comparable Uncontrollable Price Method - CUP)
- 再販売価格基準法(Resale Price Method - RPM)
- 原価基準法(Cost Plus Method - CPM)
- 利益分割法(Profit Split Method - PSM)
- 取引単位営業利益法(Transnational Net Margin Method - TNMM)
- その他(Other Method)
4. 必要となるコンプライアンス
インドの移転価格で必要となるコンプライアンスは、海外の関連会社との取引があった場合に必要となる勅許会計士発行の証明書(Form 3CEB)とBEPSの行動13に基づく文書化が要求されています。
- 移転価格証明書(Form 3CEB)の提出
インド所得税法第92E条の規定により、インド法人が海外の関連会社と1ルピーでも取引をある場合は、取引金額の多寡によらずインドの勅許会計士(Chartered Accountant)が発行するForm 3CEBの取得が必要になります。Form 3CEBは法人税の確定申告時に、申告書に添付する形で提出が求められます。(移転価格税制が適用される場合の所得税申告期限は11月30日)。証明書の内容としては申告年度内の取引の一覧とその概要、取引金額などです。
当該証明書を取得・提出しなかった場合のペナルティは10万ルピーとなっています。また、税務署より税務調査の際に提出を求められた場合には30日以内に証明書を提出しなければならず、提出できなかった場合のペナルティーは取引金額の2%となっており非常に高額であるため事前の準備は必須です。 - マスターファイル
多国籍企業グループの組織・財務・事業等、グループの活動全体に関する基本情報が記載されます。適用基準は以下の通りです。留意すべき点としては、適用基準が日本の1000億円や欧州の7億5千万ユーロと比較して著しく低く、親会社では必要とされていないのにインド法人のみが対象となる場合があります。
a) グループの直近会計年度において連結グループ収益が50億ルピー超
b) 国際取引金額が5億ルピー超又は1億ルピー超の無形資産取引 - 国別報告書(CbCR)
多国籍企業グループの国別の所得・納税額、各国別の活動の概況を報告します。親会社又は代理親会社で以下の適用基準を満たす場合提出が必要となります。
a) グループの直近会計年度において連結グループ収益が550億ルピー超 - 移転価格文書の作成(ローカルファイルに相当)
関連者との国際取引金額が年間1,000万ルピー超の場合(関連者間での特定国内取引は年間総額2億ルピー超の場合)は国際取引が適正な移転価格レンジに収まることを説明する文書の作成(文書化)が義務付けられています。文書は提出が必要になるものではありませんが、税務当局からの求めに応じて30日以内に提出しなければなりません(所得税法細則第10D条)。 また、基準金額以下の場合は、作成の義務はないが移転価格にかかる文書や資料を作成する必要がない訳ではなく取引を適切に説明できる最低限の書類・情報を整理しておく必要があります。
5. 事前確認制度(Advance Pricing Agreement - APA)
移転価格は、双方の国でバランスを取らなければならず国際取引の多き企業は必ず問題になる課題の一つです。つまり、インドでの移転価格リスクを軽減した場合、取引先の相手国での移転価格リスクは増大するトレードオフの関係にあり最適な解を見つけることは難しく税務当局と係争になることも多い。
そんな中で将来的な税務訴訟の係争リスクを軽減できる手段として事前確認制度が2013年度(インドの税務年度は4月から3月)より適用可能となっています。適用対象期間は5年間とし、4年間のロールバック申請も可能となっています。インドで申請可能なAPAは以下の3種類です。
- ユニラテラルAPA(Unilateral APA)
- 2国間APA(Bilateral APA)
- 他国間APA(Multilateral APA)
執筆・監修
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鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
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新井 辰和 | Tatsuo Arai |