インドのストックオプションの概要
ストックオプションとは自社の株式をあらかじめ定められた権利⾏使価額で購⼊する権利のことで、インドではストックオプションはESOP(The Employee Stock Option Plan)と呼ばれます。勤務条件、業績条件、株価条件等の権利確定条件を定めた上でストックオプションを報酬制度の一環として設計することで、企業としては人材確保、人件費に関するキャッシュアウトの削減及び資本政策等のメリットが得られます。一方で権利⾏使価額を低廉な価格とすることで従業員等には株価以下の価額で自社株式を取得することができるインセンティブ効果(下記図式の(a))があります。
| 権利付与時(Grant Date) | ストックオプションが付与された日をいう。 |
| 権利確定時(Vesting Date) | 株式を取得できる権利の確定した日をいう。 |
| 権利行使時(Exercise Date) | ストックオプションを付与された者がその権利を行使したことにより、行使価額に基づく金額が払い込まれた日をいう。 |
| 株式譲渡時(Share Transfer Date) | ストックオプションを行使して取得した株式を譲渡した日をいう。 |
| 権利行使価額(Exercise Price) | ストックオプションの権利行使に当たり、払い込むべきものとして定められたストックオプションの単位当たりの金額をいう。 |
| 権利行使時の時価(Fair Market Value at Exercise Date) | ストックオプションの権利行使時の該当株式の時価をいう。 |
| 株式譲渡時の時価(Fair Market Value at Share Transfer Date) | ストックオプションを行使して取得した株式の譲渡時の時価をいう。 |
インド居住法人から付与されるストックオプションに関する税務
従業員等の個人所得税
インドでの役務提供の対価として、ストックオプションが付与された場合、受領者側(従業員)に個人所得税が課せられるタイミングは「(i) 権利行使時」及び「(ii)株式譲渡時」で2回あります。なお、ストックオプションの権利付与時や権利確定時には個人所得税は発生しません。
(i)権利行使時 ストックオプションを行使し、実際に自社株式を取得した際には権利行使価額と権利行使時の株式の時価の差額が経済的便益(Perquisite)と見做され(1961年インド所得税法第17条2項vi号)(2025年インド所得税法第17条1項d号,4項h号)、給与所得として総合課税されます。上記の【ストックオプション図式】の(a)部分が課税対象となります。
また権利行使時の株式の時価である公正市場価格は以下の通り規定されています(1962年インド所得税法規則第3条8項)(2026年インド所得税法規則第15条6項)。
- インド公認証券取引所への上場株式 : 権利行使日の証券取引所での始値と終値の平均取引価格
- インド公認証券取引所への非上場株式 : Merchant bankerによって計算された価格
加えて、給与所得となることからストックオプションを付与した企業は、適格スタートアップ特例が適用される場合を除き(1961年インド所得税法第192条1C項)(2025年インド所得税法第392条3項)、経済的便益の額を権利行使時の給与計算で考慮し、源泉徴収税(Tax Deducted at Source - TDS)として従業員の給与から源泉徴収する必要があります。
(ii) 株式譲渡時 ストックオプションを行使し取得した株式を譲渡する際には、キャピタルゲインが譲渡所得として分離課税されます。上記の【ストックオプション図式】の(b)部分が課税対象となります。
日本でのストックオプション税制は「税制適格ストックオプション」と「税制非適格ストックオプション」に分類しそれぞれ規定しておりますが、インドではそのような分類はなく、すべてのストックオプションが日本税制で言うところの「税制非適格ストックオプション」として課税されることに注意が必要です。
法人所得税
ストックオプションの付与時の価額に相当する⾦額(いわゆるオプションバリュー)はストックオプションを付与したインド法人の損金として算入できるのでしょうか?インド所得税法では当差額が損金算入可能と規定する条文は特段存在しません。そのため損金算入する際は損金算入を規定する一般条文である1961年インド所得税法第37条 / 2025年インド所得税法第34条を根拠に損金算入することになります。一般的には、ストックオプション権利付与時の時価と権利行使価額の差額は、付与対象従業員の役務に対する給与(報酬)の現物支給とみなして考えます。
ただ損金性の可否や損金算入時期に関しては、いままでしばしば税務当局と納税者間で係争の対象となってきました。2020年11月11日にカルナータカ州高等裁判所が提示した「ストックオプション付与日の法人が負担したディスカウント(権利付与時の時価と権利行使価額の差額)は事業上の経費(Business expense)として損金算入される」という決定は、損金性を認める上で重要な原則を確立した高等裁判所の判決となっています。いずれにせよ、同ディスカウントの損金性に関して、インド所得税法上での明示規定が待たれます。
スタートアップ企業への税制優遇
上述の通り従業員等に付与されたストックオプションは「(i)権利行使時」及び「(ii)株式譲渡時」の2度に分かれて課税されます。特に(i)権利行使時には、従業員等にキャッシュの流入はなく自社の株式を取得しているだけであるにもかかわらず、TDSを給与から引かれることになります。そのため現行の制度は従業員側のキャッシュフローの観点からは、厳しい制度設計になっているといえます。以前より多くのスタートアップ企業からストックオプションを利用する際のインセンティブ効果を弱めてしまうとして、この(i)権利行使時の課税に関する税制の改正が望まれていました。
この意見を汲む形でニルマラ・シタラマン財務大臣は2020年度インド国家予算案にて適格スタートアップ企業(Eligible Startups)に対するストックオプションの税制優遇を発表しました。具体的な税制優遇として、2021年4月1日以降に適格スタートアップ企業が、ストックオプション等に基づき株式を割り当てた場合に生じた給与所得は、次のいずれか早い日付より14日以内に納税を行えばよいとしました(1961年インド所得税法第191条2項)(2025年インド所得税法第289条3項、第391条2項)。
- 給与所得が発生した課税年度末から60か月後
- 当該株式を譲渡した日
- 当該適格スタートアップ企業を退職した日
この税制優遇により、(i)権利行使時に発生する給与所得に係る税額について、一定の納付・TDS時期を繰り延べることが可能となりとなり、スタートアップ企業はストックオプションを利用した人材の雇用がより容易となりました。なお、適格スタートアップ企業の要件は2025年インド所得税法第140条 / 1961年インド所得税法第80-IAC条4項ii号で次の通り規定されています。
適格スタートアップ企業とは製品やサービス等の革新、開発、改良を通して雇用創出や富の創造が期待できる適格事業(Eligible business)を行いかつ下記1~3の要件を満たす会社(Company)または有限責任事業組合(Limited Liability Partnership - LLP)である。
- 2016年4月1日以後、2030年4月1日前に設立
- 当該事業の合計売上が30億ルピーを超えない
- 認定審議会 (the Inter-Ministerial Board of Certification) から発行される適格事業の証明書を保有している
執筆・監修
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鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
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新井 辰和 | Tatsuo Arai |


