株式の直接譲渡によるキャピタルゲイン課税
日本親会社等のインド外国法人がインド内国法人の株式を第三者に売却した際に生じるキャピタルゲインは、売り主のインド源泉所得として売り主がインドで課税されます(インド所得税法第9条1項1号、第5条2項)。なお納税者(ここでは売り主であるインド外国法人)に有利な範囲において、租税条約を適用することができますが(同法90条2項)、日印租税条約第13条3項においても、株式譲渡によるキャピタルゲインは該当する株式の発行法人が居住する国で課税されると規定されているため、「日本親会社が保有するインド内国法人の株式を売却した際に生じるキャピタルゲインはインドで課税される」という結論に変わりはありません。
なお、上記では日本親会社等のインド外国法人自身が保有するインド内国法人の株式を第三者に直接譲渡するため、ここでは「直接譲渡」と呼んでいます。
株式の間接譲渡によるキャピタルゲイン課税
間接譲渡によるインド内国法人の株式譲渡は、上記の直接譲渡とは異なります。日本親会社等のインド外国法人A社がインド国外の法人B社の株式を保有しており、B社がインド内国法人C社の株式を保有している場合に、A社はB社株式の保有を通してC社株式を間接的に保有している状態になります。株式の保有割合にもよりますが、A社にとってB社は子会社、C社は孫会社という整理になることもあります。A社が保有するB社株式を第三者に譲渡した場合、C社の株式も間接的に当該第三者に譲渡したことになりますが、このC社の譲渡をA社の間接譲渡とここでは呼びます。
A社が間接譲渡するC社の株式から発生するキャピタルゲインに関するインドでの課税性について従前までインド所得税法は明記しておらず、インド国内外で一大論争を引き起こしました。この論争は、発端となった取引の当事者である英国携帯大手Vodafone社の名前を取り、Vodafone事件とも呼ばれます。Vodafone事件ではVodafone社が2007年11月に受けた間接譲渡に関して、主にVodafone社(株式の買い主)の源泉徴収税(Tax Deducted at Sources - TDS)の源泉徴収義務が争われ、インド最高裁判所、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所等をも巻き込み、最終的に2021年8月5日付けのVodafone社に有利となるインド最高裁判所の判決によって、法廷闘争に終止符が打たれました。
ただ一連の法廷論争を通して、インド当局はインド所得税法第9条1項1号にExplanation(解釈指針)5及び6を加え、2012年5月29日以降の間接譲渡に関しては下記の通りインドで課税されることを明確化させました。
具体的には、インド外国法人(上記図解ではB社)の株式であっても、その株式の価値が実質的にインド国内に所在する資産から生じている場合には、インドに所在する資本資産であるとみなされるとされ、この譲渡により生じた所得はインド源泉所得としてインドで課税されます(同法第9条1項1号 Explanation5)。さらにインド外国法人のインド国内に所在する資産の価値が下記を満たす場合には、その外国法人の株式の価値が実質的にインド国内の資産から生じている場合に該当します(同法第9条1項1号 Explanation6)。
- 1 億インドルピーを超え、かつ
- 当該インド外国法人の総資産に占める割合が 50%以上である
つまり、上記の要件を充たすインド外国法人(上記図解ではB社)の株式の譲渡から生じたキャピタルゲインは、その売り主(上記図解ではA社)がインド外国法人場合であっても、インド源泉所得としてインドで売り主が課税されることになります。また、売り主はインドにおいて所得税申告を行う必要があり(同法第139条)、その際にインド勅許会計士等が作成したキャピタルゲインが適正に算定されていることの証明書である様式 Form No. 3CTの提出も求められます(インド所得税法細則第11UC条2項)。
株式の間接譲渡に対する日印租税条約の適用
上述の通り、納税者(上記図解では売り主であるA社)に有利な範囲において、租税条約を適用することができるため(同法90条2項)、国際取引の場合には租税条約の確認も併せて行う必要があります。なお、買い主(上記図解では第三者)や譲渡対象株式の発行法人(上記図解ではB社)の居住地国とインド間の租税条約ではなく、あくまで譲渡によりキャピタルゲインを得る納税者が所在する国とインドとの租税条約を確認する必要があります。ここでは、上記の図解で買い主のA社が日本法人であるとする仮定し、日印租税条約の適用を考えてみましょう。
日印租税条約第13条5項によると同条1項~4項に規定する財産以外の財産の譲渡によって取得する収益に対しては、日本においてのみ租税を課すことができる旨が規定されております。そして株式の間接譲渡(ただし、価値の源泉がインド国内の不動産に帰属する場合はBEPS防止措置実施条約第9条4の要確認)は第13条1項~4項に規定する財産の譲渡には該当しないため、同5項に基づき日本においてのみ租税を課すことができ、インドで課税されないという結論になると考えられます。よって日印租税条約を利用することで、インド所得税法第9条に従った場合とは異なり、間接譲渡を行う日本法人はインド国内では課税されないという結論になります。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |