日本法人等のインド外国法人がインド国内の代理人や駐在員事務所を介してインドで事業を行う場合や、日本法人の従業員にインドに長期出張してもらいインド現地で事業活動を行う場合に、「PEリスク」という言葉を耳にすることがあるかと思います。インド税務当局はPE認定を他国に比べてとても積極的に行ってくるとも聞いたことがあるかもしれません。PEリスクとは具体的にどのようなリスクであり、実際にインドでPE認定された場合にはどのような問題が生じるのでしょうか?
目次
インドで活動する日本法人が気を付けるべきPEの種類
PEとは恒久的施設(Permanent Establishment)の略称であり、「事業を行う一定の場所であって企業がその事業の全部、または一部を行っている場所」と定義されています(日印租税条約第5条1項)。インドで活動する日本法人が認定されるリスクのあるPEの種類は下記の4種類です。PE認定のリスクを一定以下に抑える工夫や、PE認定のリスクを踏まえた上で日印取引の設計をしていくことが重要となります。
①一定の場所PE(第5条2項)
- (a) 事業の管理の場所
- (b) 支店
- (c) 事務所
- (d) 工場
- (e) 作業場
- (f) 鉱山、石油または天然ガスの坑井、採石場その他天然資源を採取する場所
- (g) 保管のための施設を他者に提供する者にかかわる倉庫
- (h) 農業、林業、栽培またはこれらに関連した活動を行う農場、栽培場その他の場所
- (i) 店舗その他の販売所
- (j) 天然資源の探査のために使用する設備または構築物(6ヵ月を超える期間使用する場合に限る。)
②代理人PE(第5条7項)
③建設PE(第5条3項)
④スーパーバイザリーPE(第5条4項)
なお、建設PE、スーパーバイザリーPEに関して、OECDモデル条約では建設工事現場又は建設若しくは据付けの工事、その監督活動については、これらの工事現場又は工事、監督活動が「12か月」を超える期間存続する場合にはPEを構成するとしている一方で、日印租税条約ではこの期間が「6か月」に短縮されている特徴があります。
また、日中租税条約第5条5項が定めるサービスPEの規定は日印租税条約には存在しません。ただ、駐在員(出向者)の「真の」「実質的な」雇用者はインド現地子会社でなく、出向元の日本親会社であると認定されてしまう、いわゆる出向者PEは、一定の場所PEを根拠に認定される可能性があります。
PEリスクとは具体的にどのようなリスクか?
PEリスクとは以下の2つのリスクに分解して考えることができます。
- インド外国法人のPEがインドに認定されるリスク(PE認定リスク)
- インド当局のロジックでPE帰属所得が計算され追徴課税されるリスク(追徴課税リスク)
1つ目のPE認定リスクとは、インド外国法人のインド国内の代理人、駐在員事務所又は出張者等が、インド外国法人のPEであると認定されるリスクです。PE認定されるとインド外国法人はこれらのPEを通してインドで事業活動を行っているとみなされます。
このPE認定の判定の段階においてPEが認定されただけでは、インド外国法人がインド当局から課税処分を受けることはありませんが、インド当局はPE認定をした後に、そのPEに帰属する所得の計算を進め、その所得に対して課税処分を行います。このPE認定され後のPE帰属所得の計算に関する追徴課税のリスクが2つ目のリスクとなります。
インド外国法人の利得のうちPEに直接又は間接的に帰属する部分はインドで発生したとみなされ課税され(日印租税条約第7条)、インド外国法人がPEに帰属すると想定している所得額を超えて、インド当局のロジックにてPE帰属所得が計算された上で、インド当局より課税処分を受けることがあります。なおインド外国法人のPE帰属所得に対する法人所得税率は、基本税率 35% + 加算税、健康教育目的税となります。
具体例 ~PE認定前と認定後の課税所得計算の違い~
インド外国法人A社は、インド内国法人B社の工場において据付工事の監督作業を行うためにインドに出張者を派遣していると仮定します。日印租税条約第5条4項では6か月を超えて据付工事等に関連してインド国内で監督活動を行う場合にはA社はインドにPEを有し、当該PEを介して事業を行うものとみなす、と規定されています。
出張者のインド滞在日数が6か月を超えない場合には、A社はインドにPEを有しているとは言えないため、B社からA社に支払われる監督活動の対価は日印租税条約第12条が規定する技術上の役務に対する対価(Fee for Technical Service - FTS)として、支払対価(総額)の10%がインドで源泉徴収税(Tax Deducted at Sources - TDS)として課税されます。
一方で出張者のインド滞在日数が6か月を超える場合には、A社はインドにPEを有していることになるため、PEに直接又は間接的に帰属する部分の課税所得(純額)が事業所得として35%超で課税されます。なお、この課税所得の計算は独立企業間価格の計算原則に従い(日印租税条約第7条2項)、経営費及び一般管理費を含む費用で当該PEのために生じた費用は損金算入が可能です(日印租税条約第7条3項)。
日印租税条約第12条5項では、インド外国法人がインドにPEを有しこの監督活動に関する支払い(FTS)の基因となった権利、財産又は契約が当該PEと実質的な関連を有するときは日印租税条約第12条の規定する軽減税率である10%は適用できないと規定しています。またインド所得税法第44DA条1項でも同様に、PEに関連するこの監督活動に関する支払い(FTS)は事業所得(Profits and gains of business or profession)として所得計算される旨の規定があります。よって、PEを有する場合は所得の種類が技術上の役務に対する対価(Fee for Technical Service - FTS)であり、すでに総額の10%をインド当局に源泉徴収税(Tax Deducted at Sources - TDS)を通して、納税済みであった場合であっても、事業所得として課税所得を再計算し、納税不足額がある場合には利息と併せて追加納税を行う必要があります。
PE認定された場合の問題点
PE認定されたインド外国法人は下記のような問題が生じます。
問題点 | 詳細 |
課税所得の計算方法や法人所得税率が大きく異なる | 上記の具体例で考えるとPEがないと整理し、監督活動に関する支払い(FTS)の対価(総額)10%のみを納税していた場合には、PE帰属所得(純額)に対して35%超の納税が必要のため、納税済みの10%を超える納税額がある際には、利息と併せて追加納税が必要となる |
所得税法上のコンプライアンス遵守 | PEを有するインド外国法人は事業に関する利益を適切に計算するための会計帳簿の作成・保管(インド所得税法第44AA条)や、税務監査(同法第44AB条)、所得税申告(同法第139条)の対応等の所得税法上のコンプライアンスの対応が求められる(同法第44DA条2項)。加えて、活動内容によっては各種の源泉徴収義務の対応や移転価格税制の文書化を含めたコンプライアンス対応が必要となる。 |
その他法令のコンプライアンス遵守 | 活動内容によっては、インドの間接税であるGST法や2013年インド会社法が求める様々なコンプライアンスの対応が必要となる。 |
税務調査対応 | 税務調査を通してインド当局からPE認定の指摘を受けた場合には、英語での税務当局の担当官との間での税務調査対応が求められ、インド外国法人本社のリソースが割かれる。 |
出張者等のインドでの個人所得税納税 | PEに負担された給与を得る出張者等にはいわゆる183日ルール(短期滞在免税)を適用できないため、インドでの個人所得税の納税及び所得税申告等のコンプライアンス対応が求められる。 |
日本とインドでの二重課税 | インドでの事業所得に対して日本とインドで二重課税が生じた場合、日本においてはインドにおける課税が租税条約に適合するものでなければ、外国税額控除の適用を受けられない可能性がある。 |
執筆・監修
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鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
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新井 辰和 | Tatsuo Arai |