インドの移転価格税制に関連して文書の作成、提出が必要となるコンプライアンスは、概ねBEPSの行動計画13「多国籍企業の企業情報の文書化」と足並みを揃えたコンプライアンスと言えます。ただ、各文書の作成や、提出の適用基準はインド独自の規定であり、BEPS行動計画13の提案する適用基準と異なる場合があるため注意が必要になります。
1.移転価格証明書(Form 3CEB)
国際関連者取引(International Transation)又は特定国内取引(Specified Domestic Transaction)を1ルピーでも行う者は、インド勅許会計士(Chartered Accountant)の作成する移転価格証明書(Form 3CEB)を取得する必要があります(インド所得税法第92E条、インド所得税法細則第10E条)。Form 3CEBの内容としては申告年度内の取引の一覧とその概要、取引金額等です。Form3CEBの取得期日は所得税申告期日(翌年の11月30日)の1か月前です(インド所得税法第92F条iv項)。Form3CEBを提出しなかった場合、所得税当局の担当官は10万ルピーのペナルティを課すことができます(インド所得税法第271BA条)。
この、移転価格証明書(Form 3CEB)はBEPS行動計画13では特に提案されていないインド独自のコンプライアンスです。
2.国別報告書・CbCレポート(Form 3CEAC/Form 3CEAD/Form 3CEAE)
多国籍企業グループの国別の所得・納税額、活動の概況等を報告します。多国籍企業グループの直近前会計年度において連結グループ収益が640億ルピー超の適用基準を満たす場合には、下記の各書類の提出が必要となります(インド所得税法第286条7項、インド所得税細則法第10DB条6項)。
Form3CEAC | Form3CEAD | Form3CEAE | |
提出義務者 | 多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人(最終親会社がインド外国法人の場合) |
最終親会社、代理申告会社であるインド内国法人(※1,2) |
多国籍企業グループの最終親企業の居住国に国別報告書の制度がない場合や、インドと国別報告書の自動情報交換合意を結んでいない場合(※3)に、多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人(最終親会社又は代理申告会社であるインド内国法人を除く) |
提出期日 | Form3CEADの提出期日の2カ月前まで | 最終親会社の会計年度終了から1年以内 | 最終親会社の会計年度終了から1年以内 |
報告内容 | 代理申告会社に該当するか否か、及び最終親会社の詳細 | 国別報告書(多国籍企業グループの国別の所得・納税額、活動の概況等) | インドで国別報告書(Form3CED)を申告するよう指定された多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人の情報 |
根拠条文 | インド所得税法第286条1項、インド所得税法細則第10DB条2項 | インド所得税法第286条2,4項、インド所得税法細則第10DB条3項 | インド所得税法第286条4項、インド所得税法細則第10DB条4,5項 |
※1.代理申告会社とは、多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人であって、多国籍企業グループから最終親会社に代わってForm3CEADを申告するよう指名された会社(インド所得税法第286条9項c号)。※2.多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人が複数社ある場合は、多国籍企業グループに指定された1社がForm3CEADを提出すればよい(インド所得税法第286条4項但し書き)。※3.日本とインドは自動情報交換協定を締結している。
国別報告書を提出しなかった場合には、所得税当局の担当官は5,000ルピー/日(提出期日から1ヶ月まで)及び15,000ルピー/日(提出期日から1ヶ月以降)のペナルティを課すことができます。さらに国別報告書の未提出を続ける場合には、担当官は通知(Order)を発行しその発行日以降はペナルティは、50,000ルピー/日となります。また、国別報告書にて不正確な情報が提出された場合には、担当官は50万ルピーのペナルティを課すことができます(インド所得税法第271GB条)。
3.マスターファイル(Form 3CEAA/Form 3CEAB)
多国籍企業グループの組織・財務・事業等、グループの活動全体に関する基本情報が記載されます。まず、多国籍企業グループの構成会社は、多国籍企業グループの連結グループ収益の多寡によらず(インド所得税法細則第10DA条3項)、Form3CEAA PartAの提出が必要です(インド所得税法第92D条1項ii号)。Form3CEAA PartAでは申告会社とその多国籍企業グループの概要情報のみの申告が求められており、BEPSの行動13が求めているマスターファイルはForm3CEAA PartBの申告内容が該当すると言えます。
マスターファイル(Form 3CEAA PartB)は下記の適用基準a)かつb)を満たす場合に提出が必要です(インド所得税法細則第10DA条1項)。なお、多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人が複数社ある場合は、多国籍企業グループに指定された1社がForm3CEAAを提出すればよく、Form3CEABでその旨をForm3CEAAの提出期限期日の30日前までに提出します(インド所得税法細則第10DA条4項)。
a) 多国籍企業グループの1会計年度の連結グループ収益が50億ルピー超 かつ
b) インド内国法人の帳簿上の国際関連者取引金額が5億ルピー超又は1億ルピー超の無形資産取引
Form3CEAAの提出期日は所得税申告期日(翌年の11月30日)と同様です(インド所得税法細則第10DA条2項)。インドのマスターファイルの申告期日は最終親会社の会計年度とは関係なく規定されているため、最終親会社の会計年度終了の日の翌日から1年以内という日本でのマスターファイルの申告期日より、インドのマスターファイルの申告期日が先に来ることになる場合があります。
マスターファイルは税務年度終了から8年間(会計年度終了から9年間)は備え置く必要があり(インド所得税法細則第10DA条6項)、マスターファイルの提出を怠った場合には、所得税当局の担当官は50万ルピーのペナルティを課すことができます(インド所得税法第第271AA条2項)。
インドの移転価格税制上でのマスターファイル(Form 3CEAA PartB)の適用基準は前述の通り、日本の1000億円や欧州の7億5千万ユーロと比較して著しく低く、親会社ではマスターファイルの作成、提出義務がないにも関わらず、インド法人のみがマスターファイルの作成、提出が必要と場合が生じるため注意が必要です。また、インドのマスターファイル(Form 3CEAA PartB)はインド独自の規定があるため、日本の親会社で用意した英語のマスターファイルをそのまま転用して使うことはできず、インド用に一部カスタマイズする必要がある点にも注意が必要です。
4.移転価格文書(TP Report)(ローカルファイルに該当)
多国籍企業グループの連結グループ収益の多寡によらず、年間1,000万ルピー超の国際関連者取引(International Transation)を行う者は、国際関連者取引が適正な移転価格レンジに収まっていることを説明する移転価格文書(TP Report)の作成及び備え置きが義務付けられています(インド所得税法第92D条1項i号、インド所得税法細則第10D条2項)。移転価格文書は、所得税申告期日(翌年の11月30日)の1か月前までに作成し、税務年度終了から8年間(会計年度終了から9年間)は備え置く必要があります(インド所得税法細則第10D条 4,5項、インド所得税法第92F条iv項)。
移転価格文書は備え置きが求められているものの、提出が必要になる書類ではありません。一方で税務調査開始時のタイミング等で所得税当局から提出が求められた場合には、要請から10日以内に提出しなければなりません(インド所得税法第92D条3項)。移転価格文書の提出義務違反や保管義務違反の場合には、所得税当局の担当官は国際関連者取引額の2%相当のペナルティを課すことができます(インド所得税法第271G条、第271AA条1項)。
なお国別報告書やマスターファイルの適用基準中の国籍企業グループの連結グループ収益が外貨建ての場合には、多国籍企業グループの最終親会社の会計年度末日における State Bank of India の電信買相場 (Telegraphic Transfer Buying rate - TTB) を利用して、インドルピーへの換算します(インド所得税細則法第10DA条7項、第10DB条7項、第26条)。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |