インドの移転価格税制に関連する文書の作成、提出が必要となるコンプライアンスは、概ねBEPSの行動計画13「多国籍企業の企業情報の文書化」と足並みを揃えたコンプライアンスと言えます。ただ、各文書の作成や、提出の適用基準はインド独自の規定であり、BEPS行動計画13の提案する適用基準と異なる場合があるため注意が必要になります。
目次
- 移転価格証明書(Form 48(旧Form 3CEB))
- 国別報告書・CbCレポート(Form 58(旧Form 3CEAC)/Form 59(旧Form 3CEAD)/Form 60(旧Form 3CEAE))
- マスターファイル(Form 56(旧Form 3CEAA)/Form 57(旧Form 3CEAB))
- 移転価格文書(TP Documentation)(ローカルファイルに該当)
移転価格証明書(Form 48(旧Form 3CEB))
移転価格証明書(Form 48)では、課税年度の取引の一覧とその概要、実際の取引金額、独立企業間価格、独立企業間価格の算定方法等を記載し、インド勅許会計士がそれらの情報が適切であることの意見(Opinion)を表明し、証明する形をとります。
国外関連取引(International Transation)又は特定国内取引(Specified Domestic Transaction)を1ルピーでも行う者は、インド勅許会計士(Chartered Accountant)の作成するForm 48を取得する必要があります(1961年インド所得税法第92E条、1962年インド所得税法規則第10E条)(2025年インド所得税法第172条、2026年インド所得税法規則第85条)。この、移転価格証明書(Form 48)はBEPS行動計画13では特に提案されていないインド独自のコンプライアンスです。
Form 48の提出期日は所得税申告期日(翌年の11月30日)の1か月前です(1961年インド所得税法第92F条iv項)(2025年インド所得税法第173条d項、2026年インド所得税法規則第85条2項)。Form 48を提出しなかった場合、遅延が1ヶ月以内の場合には50,000ルピー、遅延が1ヶ月超の場合には100,000ルピーの手数料の支払いが求められます(2025年インド所得税法第428条)。
国別報告書・CbCレポート(Form 58(旧Form 3CEAC)/Form 59(旧Form 3CEAD)/Form 60(旧Form 3CEAE))
国別報告書では、多国籍企業グループの国別の所得・納税額、活動の概況等を報告します。
多国籍企業グループの直近前会計年度において連結グループ収益が640億ルピー超の適用基準を満たす場合には、下記の各書類の提出が必要となります(1961年インド所得税法第286条7項、1962年インド所得税規則法第10DB条6項)(2025年インド所得税法第511条8項、2026年インド所得税規則法第124条7項)。
日本とインドとの間には国別報告書交換協定があるため、日本親会社が日本で国別報告書を提出している場合、インド子会社で提出が求められる書類は、以下の3つの書類のうちForm 58のみです。なお、インドに複数の子会社がある場合には、原則として各インド子会社でそれぞれForm 58を提出するべきと考えられます。
| Form 58 | Form 59 | Form 60 | |
| 提出義務者 | 多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人(最終親会社がインド外国法人の場合) |
(a)最終親会社であるインド内国法人 (b)代理申告会社(※)であるインド内国法人 (c)親会社所在地国で国別報告書の提出義務がない場合、インドとの間で国別報告書交換協定がない場合、または国別報告書の自動的交換に係るsystemic failureがある場合に、多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人 |
左記(c)で、インドに複数の構成会社がある場合に、国別報告書の提出の代表会社として指定されたインド内国法人等 |
| 提出期日 | Form 59の提出期日の2カ月前まで | 最終親会社の会計年度終了から12か月以内 | 指定なし(実務上は、Form 59の提出前) |
| 報告内容 | インド内国法人や最終親会社の詳細等 | 国別報告書の中核(多国籍企業グループの国別の所得・納税額、活動の概況等) | 多国籍企業グループ、最終親会社、指定されたインド内国法人の詳細等 |
| 根拠条文 | 1961年インド所得税法第286条1項、1962年インド所得税法規則第10DB条2項 / 2025年インド所得税法第511条1項、2026年インド所得税規則法第124条2項 | 1961年インド所得税法第286条2,4項、1962年インド所得税法規則第10DB条3項 / 2025年インド所得税法第511条2,4項、2026年インド所得税規則法第124条3項 | 1961年インド所得税法第286条4項、1962年インド所得税法規則第10DB条4,5項 / 2025年インド所得税法第511条5項、2026年インド所得税規則法第124条6項 |
※.代理申告会社とは、多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人であって、多国籍企業グループから最終親会社に代わってForm 59を提出するよう指名された会社(1961年インド所得税法第286条9項c号)(2025年インド所得税法第511条10項c号)。
国別報告書を提出しなかった場合には、所得税当局の担当官は5,000ルピー/日(提出期日から1ヶ月まで)及び15,000ルピー/日(提出期日から1ヶ月以降)のペナルティを課すことができます。さらに国別報告書の未提出を続ける場合には、担当官は通知(Order)を発行しその発行日以降はペナルティは、50,000ルピー/日となります。また、国別報告書にて不正確な情報が提出された場合には、担当官は50万ルピーのペナルティを課すことができます(1961年インド所得税法第271GB条)(2025年インド所得税法第459条)。
マスターファイル(Form 56(旧Form 3CEAA)/Form 57(旧Form 3CEAB))
マスターファイルでは、多国籍企業グループの組織、財務、事業等、グループの活動全体に関する基本情報が記載されます。
日本親会社が日本でマスターファイルを提出している場合であっても、インド子会社でもインドにてマスターファイルの提出が必要です。また、インドに複数の子会社がある場合、原則として代表する1社がForm 56を提出すれば済みますが、Form 57でForm 56提出の代表会社を指定しない場合には、すべてのインド子会社がForm 56を提出する必要があります。
| Form 56 Part A | Form 56 Part B | Form 57 | |
| 提出義務者 | 収益規模や取引規模によらず、多国籍企業グループの構成会社 | 以下の両方を満たす多国籍企業グループの構成会社 a) 多国籍企業グループの1会計年度の連結グループ収益が50億ルピー超 かつ b) 帳簿上の国外関連取引金額が5億ルピー超又は1億ルピー超の無形資産取引 |
多国籍企業グループの構成会社であるインド内国法人が複数社ある場合、Form 56の提出の代表会社として指定されたインド内国法人 |
| 提出期日 | 所得税申告期日(翌年の11月30日) | 左記と同様 | Form 56の提出日の30日前 |
| 報告内容 | インド内国法人とその多国籍企業グループの概要 | マスターファイルの中核(多国籍企業グループの組織、財務、事業等) | 多国籍企業グループ、最終親会社、指定されたインド内国法人の詳細等 |
| 根拠条文 | 1961年インド所得税法第92D条1項ii号、1962年インド所得税法規則第10DA条3項 / 2025年インド所得税法第171条1項b号、2026年インド所得税法規則第123条3項 | 1962年インド所得税法規則第10DA条1項 / 2026年インド所得税法規則第123条1項 | 1962年インド所得税法規則第10DA条4項 / 2026年インド所得税法規則第123条4項 |
マスターファイルは税務年度終了から9年間は備え置く必要があります(1962年インド所得税法規則第10DA条6項)(2026年インド所得税法規則第123条5項)。マスターファイルの提出を怠った場合には、所得税当局の担当官は50万ルピーのペナルティを課すことができます(1961年インド所得税法第271AA条2項)(2025年インド所得税法第442条2項)。
インドのマスターファイルの提出期日は最終親会社の会計年度とは関係なく規定されているため、最終親会社の会計年度終了の日の翌日から1年以内という日本でのマスターファイルの提出期日より、インドのマスターファイルの提出期日が先に来ることになる場合があり、注意が必要です。
加えて、インドの移転価格税制上でのマスターファイル(Form 56 PartB)の適用基準は前述の通り、日本の1000億円や欧州の7億5千万ユーロと比較して著しく低く、親会社ではマスターファイルの作成、提出義務がないにも関わらず、インド法人のみがマスターファイルの作成、提出が必要と場合が生じる点にも注意が必要です。また、インドのマスターファイル(Form 56 PartB)はインド独自の規定があるため、日本の親会社で用意した英語のマスターファイルをそのまま転用して使うことはできず、インド用に一部カスタマイズする必要があります。
移転価格文書(TP Documentation)(ローカルファイルに該当)
移転価格文書(TP Documentation)では、国外関連取引がインドの適正な移転価格レンジに収まっていることを文書化します。
多国籍企業グループの連結グループ収益の多寡によらず、年間1,000万ルピー超の国外関連取引(International Transation)を行う者は、移転価格文書(TP Documentation)の作成及び備え置きが義務付けられています(1961年インド所得税法第92D条1項i号、1962年インド所得税法規則第10D条2項)(2025年インド所得税法第171条1項a号、2026年インド所得税法規則第84条2項)。移転価格文書は、所得税申告期日(翌年の11月30日)の1か月前までに作成し、税務年度終了から9年間は備え置く必要があります(1962年インド所得税法規則第10D条 4,5項)(2026年インド所得税法規則第84条6,8項)。移転価格文書(TP Documentation)として文書化を求める項目は13つ規定していますが、主な項目は下記の通りです。
- 関連者の資本関係
- 多国籍企業グループの概況
- 事業概要
- 国外関連取引(International Transaction)の内容、各社が果たす機能や負担するリスク
- 経済、市場分析
- 選定した独立企業間価格の算定方法が最適な方法である理由とその選定過程
- 独立企業間価格の算定に関する前提、方針、価格交渉
- 独立企業間価格の算定で調整を入れている場合はその詳細 等
なお、移転価格文書は備え置きが求められているものの、提出が必要になる書類ではありません。一方で税務調査開始時のタイミング等で所得税当局から提出が求められた場合には、要請から10日以内に提出しなければなりません(1961年インド所得税法第92D条3項)(2025年インド所得税法第171条2項)。移転価格文書の提出義務違反や保管義務違反の場合には、所得税当局の担当官は国外関連取引額の2%相当のペナルティを課すことができます(1961年インド所得税法第271G条、第271AA条1項)(2025年インド所得税法第457条、第442条1項)。
国別報告書やマスターファイルの適用基準中の国籍企業グループの連結グループ収益が外貨建ての場合には、多国籍企業グループの最終親会社の会計年度末日における State Bank of India の電信買相場 (Telegraphic Transfer Buying rate - TTB) を利用して、インドルピーへの換算します(1962年インド所得税法規則法第10DA条7項、第10DB条7項)(2026年インド所得税法規則法第123条6項、第124条8項)。
執筆・監修
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鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
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新井 辰和 | Tatsuo Arai |


