インドの税務調査は、所得税当局の担当官の強引なロジックで更正処分が下されるリスクが高いと耳にしたことがあるかもしれません。税務調査段階では、納税者に不利な更正処分が一方的に下されるリスクもあり、その後の不服申し立て手続きや訴訟手続きに進むことも想定しながら、回答や主張のロジックを税務調査の初期段階から戦略的に構築していくことが求められます。
以下では、インドの所得税法に関する税務調査についてまとめます。なお、GST法の税務調査についてはこちらを参照ください。
目次
- 税務調査の種類
- 略式の税務調査(Summary Assessment)
- 精緻な税務調査(Scrutiny Assessment)
- 再調査(Re-Assessment)
- ベストジャッジメント(Best Judgement)
- 税務調査で課せられる延滞利息とペナルティ
- 更正処分通知受領後の対応
税務調査の種類
納税者は会計年度ごとに所得税申告(Self Assessment)として、所得税申告書(Income Tax Return - ITR)を通して税務申告を行います。インド所得税当局はその申告内容に対して税務調査を行いますが、インドでは税務調査は「Assessment」と呼ばれ、4種類の税務調査に分類できます。
税務調査通知を受け取った場合には、インド所得税法のどの条分に基づくどの種類の税務調査の通知であるのか、まずは確認することが重要です。
なお、移転価格税制の税務調査を除く所得税の税務調査については、非対面型の税務調査となっており、国家非対面調査センター(National Faceless Assessment Center -NFAC)が納税者とのコミュニケーション窓口として機能します(インド所得税法第144B条1項)。
以下では、4つの税務調査ごとに【概要】【手続きの流れ】【期間】をまとめています。なお、インド所得税法は所得税当局が納税者に対して税務調査通知を発行できる期間を税務調査ごとに定めていますが、具体的な各種税務通知の発行期日を各会計年度ごとにまとめた一覧表はこちらをご参照ください。
略式の税務調査(Summary Assessment)
【概要】インド所得税法第143条1項の定める略式の税務調査(Summary Assessment)は、所得税当局の担当官が介入することは無く、所得税当局の中央処理センター(Centralized Processing Centre -CPC)が自動的に処理する予備的な調査の意味合いがある税務調査です。主に以下のような場合、所得税当局は略式の税務調査の納税通告(Intimation)を納税者に発行します(インド所得税法第143条1項)。
- 所得税申告書の記載方法が誤っている場合
- 利用できない税額控除を利用している場合
- その他の税務データ(Form16,Form16A,Form26ASなど)と所得税申告内容が不一致の場合等
インドでは所得税申告等の税務申告の自動化が進められており、納税者は納税者番号(Permanent Account Number - PAN)に基づき補足されます。そのため所得税申告情報がその他の税務データと整合が取れているかの確認等が自動的に行われ、整合がとれていない場合には納税者に自動的に納税通告(Intimation)が発行されます。
【手続きの流れ】所得税申告内容が誤っている可能性がある場合には、正しい課税所得に基づいた納税額及び延滞利息額に関し、納税者に書面または電子的な方法にて納税通告(Intimation)が発行されます。通告が発行されることなく納税額の調整等が行われることはありません。この通告は、追徴課税通知(Notice of Demand)とみなされるため(インド所得税法第156条1項但し書き)、通告が発行されてから30日以内に納税者が適切に回答を行わない場合には納税額の調整等が行われます。
納税者が通告に異議がない場合には、所得税ポータルより所得税申告を修正します。一方で通告に異議がある場合には所得税法第154条に基づき、所得税ポータルより不服の申し立てを行います。
【期間】通告は該当所得税申告が提出された会計年度の最終日より9か月以内に納税者に発行されます(インド所得税法第143条1項但し書き)。
精緻な税務調査(Scrutiny Assessment)
【概要】インド所得税法第143条2、3項の定める精緻な税務調査(Scrutiny Assessment)は所得税当局の担当官が下記の可能性を調査することが必要であるまたは適切であると判断した場合に行われる税務調査です。
- 納税者が所得を過小申告している
- 納税者が過大な損失を計上している
- 税金支払額が過少である
納税者の所得税申告内容が正しいのか確認するために、担当官は所得税申告書(Income Tax Return - ITR)の詳細な精査を行います。CPCが自動的に処理していた略式の税務調査(Summary Assessment)とは異なり、精緻な税務調査は国家非対面調査センター(National Faceless Assessment Center -NFAC)の介入がある点が特徴です。
【手続きの流れ】担当官が精緻な税務調査(Scrutiny Assessment)が必要であると判断した場合には、NFACが調査通知(Notice)を発行します。当通知に記載された内容に基づき、納税者は必要書類の提出を所得税ポータルサイトを通じて行います。納税者からの回答や提供された会計帳簿等を精緻に調査したうえで、必要に応じて、担当官は更正処分通知(Order of Assessment)を発行し、追加納税額または還付額が確定されます。
【期間】調査通知(Notice)は該当所得税申告が提出された会計年度の最終日より3月以内に納税者に発行されます(インド所得税法第143条2項但し書き)。
また精緻な税務調査(Scrutiny Assessment)の更正処分通知(Order of Assessment)及び追徴課税通知(Notice of Demand)は所得税申告が提出された会計年度の最終日より12か月以内に発行されます(インド所得税法第153条1項但し書き、156条1項)。ただ税務調査の過程で移転価格上の論点が把握され事案が移転価格調査官に付託された場合はこの期間がさらに12か月延長されます(インド所得税法第153条4項)。
再調査(Re-Assessment)
【概要】上述の2つのインド所得税法第143条の定める税務調査期限が過ぎた後にでも、担当官は納税者側に税務調査から逃れた課税されるべき所得があると判断した場合には、再調査(Re-Assessment)という形で税務調査を行うことが可能です(所得税法第147条)。再調査(Re-Assessment)という名称には既に行なわれていた税務調査が再開するようなニュアンスがありますが、インド所得税法第143条での税務通告/調査通知の発行期日後に行われる税務調査を再調査(Re-Assessment)と呼びます。
納税者に課税を免れた所得があると示唆する情報を担当官が得ており、かつ所得税法第151条の定める特定の機関から担当官が承認を得ることで、納税者に調査通知が発行されます(所得税法第148条)。
【手続きの流れ】担当官が再調査(Re-Assessment)が必要であると判断した場合には、情報開示を求める通知(Show Cause Notice - SCN)が発行され、納税者に対して再調査が適切でないと考える理由説明を求めます(インド所得税法第148A条1項)。
その後、担当官が再調査が必要であると判断した場合には、NFACが調査通知(Notice)を発行します。当通知に記載された内容に基づき、納税者は必要書類の提出を所得税ポータルサイトを通じて行います。納税者からの回答や提供された会計帳簿等を精緻に調査したうえで、必要に応じて、担当官は更正処分通知(Order of Assessment)を発行し、追加納税額または還付額が確定されます。
【期間】2024年9月以降、情報開示を求める通知(Show Cause Notice - SCN)は該当所得税申告が提出された会計年度の最終日よりか3年以内に納税者に発行されます。また課税から逃れた所得が500万ルピーを超える場合にはこの期間が5年まで延長されます(インド所得税法第149条2項)。
再調査(Re-Assessment)の場合の更正処分通知(Order of Assessment)は、再調査の調査通知(Notice)が出された会計年度の最終日より12か月以内に発行されます。(インド所得税法第153条2項但し書き)。なお、2024年9月以降、調査通知(Notice)は該当確定申告が提出された会計年度の最終日よりか3年3か月以内に納税者に発行されますが、課税から逃れた所得が500万ルピーを超える場合には3年3か月が5年3か月まで延長されます(インド所得税法第149条1項)。
ベストジャッジメント(Best Judgement)
【概要】担当官が納税者から課税所得の計算に関して適切な情報を受領できない場合を想定し、所得税法第144条は担当官の裁量で納税額を決定できる旨を規定しています。当規定はベストジャッジメント(Best Judgement)と呼ばれ、インドでは税務調査の1種類としてみなされます。
下記のような場合にはベストジャッジメント(Best Judgement)が行われます。
- 納税者が所得税申告を期日通りに行わず、所得税申告の遅延申告や所得税申告の修正申告にも違反する場合
- 所得税申告を行うよう担当官から指示があったにもかかわらず、納税者が回答を怠った場合
- 精緻な税務調査(Scrutiny Assessment)の通知が発行されたにもかかわらず、納税者側が回答を怠った場合や回答が不十分であった場合
【手続きの流れ】ベストジャッジメント(Best Judgement)を行う前に担当官は情報開示を求める通知(Show Cause Notice)を納税者に発行し、納税者に聴聞の機会を与えます。その後担当官が収集したすべての関連資料を考慮した上で、担当官の自らの判断で課税所得を計算し更正処分通知(Order of Assessment)を通して納税額を納税者に指示します。
【期間】ベストジャッジメント(Best Judgement)での更正処分通知(Order of Assessment)及び督促状(Notice of Demand)は所得税申告が提出された会計年度の最終日より12か月以内までに発行されます(インド所得税法第153条1項但し書き、156条1項)。ただ税務調査の過程で移転価格上の論点が把握され事案が移転価格調査官に付託された場合はこの期間がさらに12か月延長されます(インド所得税法第153条4項)。
税務調査で課せられる延滞利息とペナルティ
税務調査の結果として、追加納税が必要になった場合には、本税に加えて延滞利息やペナルティが課せられることがあります。
【延滞利息】延滞利息は、基本的に納税不足額に対して単利1%/月で計算されることになりますが、インド所得税法第234A条、第234B条、第234C条の3つの条文がケース別に延滞利息を規定しています。詳細は例示とともにこちらでまとめています。
なお、税務調査の結果として追徴課税通知(Notice of Demand)が発行され総所得が確定したにも関わらず、その後も30日を超えて納税を怠った場合には、単利1%/月で延滞利息が計算されます(インド所得税法第220条2項)。
【ペナルティ】税務調査の結果、過少申告(Under-reported income)又は虚偽申告(Misreporting income)があったと所得税当局の担当官が判断した場合、下記のペナルティが課せられます。
コンプライアンス違反 | ペナルティ額 | 参照条文 |
所得税未申告や過少申告 | Under-reported incomeに係る納税必要額の50%相当 | インド所得税法第270A条7項 |
所得税申告や国際取引申告の虚偽申告 | Under-reported incomeに係る納税必要額の200%相当 | インド所得税法第270A条8項 |
以下の場合には、虚偽申告(Misreporting income)に該当することになります(インド所得税法第270A条9項)。
- 事実の虚偽表示または隠蔽
- 会計帳簿に投資を未記録
- 証拠によって裏付けられない経費
- 会計帳簿への虚偽記載
- 総所得に影響を与える収入を会計帳簿に未記録
- 国際取引、国際取引とみなされる取引または特定の国内取引を未報告
さらに、税務調査の結果として追徴課税通知(Notice of Demand)が発行されたにも関わらず、その後も30日を超えて納税を怠った場合には納税者に事情聴衆の機会を与えた上で、所得税当局の担当官は担当官の裁量で未納税額を上限に追加のペナルティを課すことができます(インド所得税法第221条)。
更正処分通知受領後の対応
一連の税務調査が終了後に、所得税当局から発行される更正処分通知(Order of Assessment)に対して、納税者として不服申し立てを行う際は、コミッショナーアピールや税務訴訟手続きに進むことになります。更正処分通知(Order of Assessment)に不服がある場合は、所得税コミッショナー(Commissioner of Income Tax(Appeals) - CIT(A)) に不服申し立てする場合は更正処分通知の最終版であるFinal Orderから30日以内、紛争解決機構(Dispute Resolution Panel - DRP)に不服申し立てする場合は更正処分通知のドラフト版であるDraft Orderから30日以内に不服申し立ての申請を行う必要があります(所得税法第144C条、246条、249条)。詳細はこちらにまとめています。
更正処分通知(Order of Assessment)を受領後に納税者のとれるアクションとしては、基本的に「納税をする」又は「不服申し立てを行う」のいずれかになると言えます。そのため、更正処分通知(Order of Assessment)の発行日から30日経過後も納税者がいずれのアクションも取られない場合には、所得税当局は、納税者から更正処分額の徴収を確実に進めるべく、財産(銀行口座を含む)の差押え等の強硬的な手段を単体又は組み合わせて取ることができます(インド所得税法第第222条、第220条)。
そのため、税務調査通知や更正処分通知(Order of Assessment)を受領した場合は、放置しておかず適宜、適切に対応していくことが求められます。
執筆・監修
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鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
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新井 辰和 | Tatsuo Arai |