インド居住法人の株式を公正市場価格(Fair Market Value)未満にて株式譲渡を行う場合、株式の買い手及び売り手の両方でインド所得税が課税されます。株式の買い手及び売り手が共にインド非居住法人である場合であっても、租税条約で特段の規定がない限りはインド所得税が課税されることになります。よって、日本法人がインド子会社等のインド居住法人の株式譲渡に関与する場合には、株式譲渡の実行前に日本法人税法のみならずインド所得税法の確認が必須となります。
下記では、X国所在のA社が2年以上保有したインド居住法人(非上場法人)の株式6,000株を日本に所在するB社に1株当たり株式額面価格INR 10で株式譲渡する事例を考えます。なお、当株式の公正市場価格は1株当たりINR 25と算出されているとします。
A社の課税関係
まず、非上場法人の株式の株式譲渡に際して公正市場価格を下回る価格で株式譲渡を行った場合、売却価格は実際の売却価格ではなく公正市場価格であったものとみなされます(インド所得税法第50CA条)。今回の事例では、A社の株式譲渡価格は実際の譲渡対価であるINR 10でなく、公正市場価格のINR 25とみなされることになり、当株式をA社が取得した価格とINR 25の差額がA社のキャピタルゲインとして課税されます(インド所得税法第45条、48条)。なお、当株式をA社は2年以上保有しているため、長期キャピタルゲインとして課税されますが、2024年7月23日以降に非上場株式のキャピタルゲインに適用になる税率は12.5%(加算税(Surcharge)及び健康教育目的税(Health and Education Cess)が別途加算)です(インド所得税法第2条42A項、第112条1項c号(iii))。インドのキャピタルゲイン課税に関する詳細はこちらを参照ください。
また、非上場法人の株式の株式譲渡時の公正市場価格は修正簿価純資産法で計算されます(インド所得税法細則第11UA条1項c号b、11UAA)。非上場法人の株式の株式譲渡の場合には、公正市場価格の算定方法は割引キャッシュ・フロー法(Discount Cash Flow - DCF)でないことに注意が必要です。一方で非上場法人株式の新規株式発行に係る公正市場価格の算定方法であれば、DCF法も算定方法の一つとして認められています(インド所得税法細則第11UA条2項c)。
なお、A社の所在するX国とインド間の租税条約でA社に有利な別段の定めがある場合は、租税条約の規定に従います(インド所得税法第90条2項)。
B社の課税関係
次に、公正市場価格をINR 50,000より下回る価格で株式譲渡を受けた場合、公正市場価格が取得価格を超える金額はその他の所得(Income from other sources)として課税されます(インド所得税法第56条2項x号c)。今回の事例では、株式譲渡の買い手であるB社(日本法人)は公正市場価格をINR 50,000より下回る価格で株式を取得しており、B社ではINR 90,000(=6,000株×(INR 25-INR 10))がその他の所得として課税されます。なお、その他の所得に対する税率は、インド非居住者法人に適用となる法人税率35%(加算税(Surcharge)及び健康教育目的税(Health and Education Cess)が別途加算)です(財政法FIRST SCHEDULE PART Ⅲ)。また、B社の課税所得を計算する際に必要となる非上場法人の株式の株式譲渡時の公正市場価格は、A社の場合と同様で修正簿価純資産法で算出されます(インド所得税法細則第11UA条1項c号b)。
さらに、B社は一連の源泉徴収税(Tax Deducted at Source - TDS)のコンプライアンスに対応する必要があります。具体的には、B社はA社に株式譲渡の対価を支払う際には、TDSを源泉徴収する必要があり(インド所得税法第195条)、源泉徴収税率は12.5%(加算税(Surcharge)及び健康教育目的税(Health and Education Cess)が別途加算)になります(財政法FIRST SCHEDULE PART Ⅱ)。実務上、B社でA社のキャピタルゲインの額が判明していれば、キャピタルゲイン額に対して源泉徴収税率を乗じて源泉徴収すればよい一方で、キャピタルゲイン額が判明していない場合には、株式譲渡の対価に源泉徴収税率を乗じて源泉徴収額を計算する必要があると考えられます。源泉徴収したTDSを翌月7日までに納税します(インド所得税法細則第30条)。その他にも、源泉徴収する前にB社は源泉徴収者に取得義務のある源泉徴収番号(Tax Deduction Account Number-TAN)の取得をしておく必要があります(インド所得税法第203A条)。
A社又はB社の所在国がインド国内である場合の課税関係
上記例ではA社とB社がインド国外に所在する事例を考えましたが、株式の買い手及び売り手のいずれもがインド居住法人である場合にも、基本的に同様の課税関係が発生します。
一方で、売り手がインド居住法人で買い手がインド非居住者法人である場合には、価格ガイドライン(Pricing Guideline)に基づき、株式譲渡の価格は国際的に容認された株式の評価方法(DCF法等)で算定された公正市場価格以上に設定する必要があります。よって、売り手側でキャピタルゲイン課税が発生することはあっても、買い手でその他の所得として課税されることは基本的には生じません。
執筆・監修
鈴木 慎太郎 | Shintaro Suzuki |
新井 辰和 | Tatsuo Arai |